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2006年10月の41件の記事

2006年10月31日 (火)

頭の下げ方から学ぶこと

 予想外の需要に対応できなくなったので販売停止。これは、サントリーの炭酸飲料バブルマンで起きたこと。サントリーはプレミアム・モルツでも同じようなことを繰り返したので、最初から供給できなくなることを見越して、製造数量を設定しているとしか思えなかったのだが、今回のソフトバンクモバイルの契約業務停止もこの類なのかもしれない。
 飢餓感をあおって、客を呼び寄せる、あるいは実際以上に人気が集中しているところを演出するという行為。これもマーケティングのひとつの手法だ。というような疑念を抱かれても仕方がないねえ。
 S社には、一発大逆転しか道はないということは周知の事実だし。ただ、利用者は意外と冷静というか、きちんと考えているのかもしれない。契約変更が集中というニュースで、S社の広告塔になってしまったマスコミ各社こそ、いい面の皮だ。吉野家の牛丼といい、これだけ広告がすべてを牛耳る時代になってしまうと、ニュースの中立性なんて成り立たなくなる。ような気持にさせられるような世の中になったということ?

2006年10月30日 (月)

アダルト教育基本法の必要

 教育基本法改正案の質疑に入るための、露払いでもあったかのような「いじめ自殺真相隠し問題」と「必修科目未履修問題」。これは、イメージ的にはメディア報道の仕方によるところも大きいと思う。
 それぞれのニュースにそのつもりはなくても、それらが一塊になって次第に偏向して行くということもありそうだ。我われは、そういう流れにどう対応すればいいのだろう。冷静に分析するためにと、その問題に係わりあってばかりはいられないのも現実だ。
 私にとっては、どうも安倍ちゃんが冷静なように見えるのが不気味である。これも政権及び審議に追い風だとでも思っているのだろうか。ということは、何かまったく別の都合の悪い問題が目立たなくなっているとか、そういうことかもしれない。

 教育基本法の改正について「志ある国民を育て、品格ある国家をつくっていく」のが目的だと、首相は言っているらしい。今の日本は品がないと言っているのだ。確かに品がない。その先頭を切っているのが政治家だ。品のない国民が選んでいるのだから、仕方がない。
 子どもたちが立派に育つような教育を与えたところで、学校の外では(学校内のことはさておき)、これまでろくな教育を受けてこなかったおとなたちが、好き放題にやっているので、子どもたちは何が正しいことなのか、大いに迷ってしまうのだ。そして、教育は理想であって、現実の生き方とは、全然関係がないことを知る。
 これはひとつの例えだが、今年18歳になる私の長男が小学生のとき、学校のそばの交差点で、おとなの運転する車は信号無視ばかりすると、よく言っていた。そして今や、一般的な意味で「不真面目」な高校生になった。
 国土交通省が道路やダムを作りたがるように、文部科学省にとっては教育の中央集権が必要なのだろう。自分たちの仕事が少なくなるということは、アイデンティティの危機だからだ。
 教育が本当に必要なのは、いわゆる「おとな」であること、再チャレンジの前に再教育を、ということを言ってくれたら、安倍ちゃんを支持するのだが。純粋な子どもたちを捻じ曲げているのは、自分たち「おとな」なのかもしれないと、気づくことはないのだろうな。

2006年10月29日 (日)

「あさくるたんごとよるくるぎんが」

※これは、わたしの友人が送ってくれている
週刊ネコ通信「Cradle」第26号のコピーです。
このブログへの転載は許可済みです。

「あさくるたんごとよるくるぎんが」

前号で、かなりのネコが来なくなったということを書いた。
今やって来るのはタンゴとぎんが、それとワルツくらい。パパもL藤さんちの物干でひなたぼっこをしているのを時々見かけるな。すっかり寂しくなった。
タンゴは毎朝来る。朝目がさめて窓を開けるとブロック塀の上でちょこんとすわって、餌をくれるのを待っている。最近はつぶれてかすれた声で、おねだりをするようになった。相変わらず愛想はないが、まぁ可愛くはあるな。
ぎんがは夜来ることが多い。夜中に帰って来てまどを開けると、どこにいたのか、たたたと走ってきて姿を現す。煮干しを投げてやるのだが、 朝見ると必ず食べ残しがある。夜目が利く、鼻が利くで餌を探せるので、暗いせいばかりでないと思う。食べることへの執着心が薄いのかもしれないなぁ。残した煮干しも他のネコが来て食べてしまうらしく、しばらくして見ると消えているから、まいいか。

Asatanyorugin

上がタンゴで下がぎんが。ぎんがの目は、夜間撮影のストロボを受けて光っている。

Gingajump ぎんがは第10号でも物干棒につかまり立ちをしていたが、今日も やっている。ブナの幹に手をかけて上のほうに虫でもいるのだろう、様 子を窺っている。このあとジャンプ一閃、襲いかかったが、残念!獲物は取り逃がしたよう。他のネコにはみられない動きでなかなか楽しませてくれる。

●このメルマガは、13匹いたネコが今や4匹しか来なく なった
男の庭を中心に2、3軒のご近所を縄張り、通り道にしているノラ猫
(ベネツィアでは自由猫とも、また最近ではTNR運動がらみで地域ネコとも呼ばれている)達と、ちょっと寂しい思いをしている男の一方的な交流を綴ったものです。
ご迷惑かもしれませんが、ま、見てやってください。

2006年10月28日 (土)

美しい「日本の建築」とは

 10月22日付熊本日日新聞の読書欄で、五十嵐太郎編『見えない震災』の書評を読む。評者は建築家中村研一氏。
 耐震偽装問題について「社会全体が悪者探しに奔走し、いたずらに震災に怯える風潮に、五十嵐太郎氏は危機感を抱く。建築を投機の対象ではなく共有の社会資産ととらえる成熟したまちづくりへの気運が、一部のマスコミによってあおられた震災への恐怖から衰退してしまうのではないかと危惧されるからだ」と書かれている。
 著者は「高度成長を支えていた戦後のスクラップ・アンド・ビルドの促進こそが、実は静かな震災ではなかったのか」と問うているらしい。
 読まずに書いていいのかと言われそうだが、一を聞いて十を知ると言うではないか。

 アメリカでは、古い建物を改造して、高級マンションとして高額で売り出して成功しているという話を、どこかの新聞で読んだが、確かに公共建築物など写真で見てもかなり荘厳なつくりが多い国である。
 地盤が強固な場所も多いだろうけれど、面積も広いので建築に対する考え方も違う。そこには歴史の浅さに対するコンプレックスもあるかもしれないが。

 10月17日の同じ熊日には、「標点」というコラムで共同通信の平本邦雄記者が「国際的『現代建築』の危機」について書いている。取り上げられたのは、黒川紀章(今年度文化功労者)設計の東京・銀座「中銀カプセルタワービル」。このたび区分所有者が建て替え方針を決定したらしい。
 
 記事によると、集合住宅の再生事業に詳しい松村秀一東大助教授は、日本と欧米の公共意識の差異を挙げている。「優れた建物はその都市の景観や歴史に意味を持つ。自分の土地だから勝手に建てたり、壊したりしていいわけではない。建築物には公共性がある」というわけだ。
「欧米ではギリシャ・ローマから現代まで建築の流れが続いているが、日本では伝統建築と近代建築は文化的にも技術的にも連続性がない。明治以降の建築は心の底からの共感、愛着を持たれていない気がする」とも。

 日本にとっての近代は、いつまでも借り物というわけでもないだろうに。やはり国土の狭さが与える影響は大きいと思う。

 そして、10月24日付熊日に、歌舞伎研究家のフェイス・バッハさんというアメリカ人女性の「歌舞伎座建て替え 再考を」という記事があった。
 戦後まもなくの映画で見られる歌舞伎座で撮影されたシーンが「戦災で気を落とした国民にとっては、『日本文化は確かに生き残っている』というメッセージ」になったのではないかと彼女は書いている。
「日本文化の一つの象徴ともいえる歌舞伎座は、もはや一企業のものではない。多くの人に愛される遺産が、効率優先の犠牲となって失われようとしているのに、なぜ日本の人たちは平気でいられるのだろうか」と。

 日本人はそういう国民なのだ。そう簡単には変わらない。安倍ちゃんの「美しい日本」では想定していない部分であろう。
 

五十嵐 太郎 / みすず書房
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Amazonおすすめ度:

¥0 キャメロン

 とにかく、種類が多いソフトバンク。キャメロン・ディアスのパート2がこんなに早く見れるとは思わなかった。予想外なので、期待していたわけもないのだが、その出来の悪さに驚愕。通話メール無料よりも驚く、完成度の低さ。最初のとの対比で行けば、ケバケバ・カラーが順当なのだろうが、エルビスの歌にも一抹のわびしさ。
 なんとなく恥ずかしげなキャメロンちゃん、ご苦労さん。0円がうるさいです。

セーラー服は、もはや記号ではない。

 どうも面白くない。薬師丸ひろ子主演で映画化された頃は、それなりに新しかったのだが、亜流である「ごくせん」の印象の方が強い現在、かなり苦しい企画である。「マイ★ボス マイ★ヒーロー」というのも最近までやってたし。
 何といっても、長澤まさみ、である。まずショート・ヘアがあんまりよくない。眼鏡のデザインが合わない。第3回でコンタクトに変えたのは正解。
 どうもセーラー服と2006年がマッチしないのではなかろうか。長澤まさみも高校生の役が似合わない。喋りが舌足らずのわりには無垢な感じがしない。
 でも、「家族」というキーワードが出てきたところで、なるほど擬似家族の設定として「組」なのかと、少し納得。やくざを肯定的に描いたりは出来ないが、家族の再生という話なら寓話としてオッケーかも。
 ただ予告編を見てると、家族が死によって閉じられるという展開になりそうな感じが...
 評価が辛口になるのは、長澤まさみのファンだからですねん。

グラム・フォーク「リリメグ」

「僕らの音楽」というテレビ番組で、リリメグを聴く。
 安めぐみとリリー・フランキーのデュエットは予告編で何度も見て、安めぐみ歌うまいやんけと品なく思っていたのだが、その「とんがりあご」の共通点からも、歌い方が小泉今日子に似ていると思わずつぶやいた(声に出さずに)。
 トーク・ゲストは井上陽水だったが、中年二人の会話に、朗らかな笑いとちょい媚びの姿態で、まあ生来のものだろうが、接客の上手な女だ(けなしてはいませんよ)。
 リリメグ初のシングル「おやすみ」は、しちくどさが安らぎになる佳曲です。

2006年10月27日 (金)

教育と血税

「教育は、効率や利益だけでは評価できない価値にかかわるものです。私は、戦後教育のよかった点は引き続き尊重しつつ、教育の中で日本がかつて大切にしてきた伝統的社会規範の価値をもう一度見直すことが大切だと考えています。それが、よき日本人を育て、自己抑制できる品格ある日本、すなわち、安倍総理の言う「美しい国、日本」づくりにつながるものと考えています。

  納税者のみなさんからは、国と地方合わせて教育について約20兆円以上の血税をいただいています。教育は成果が出るのに時間がかかりますが、日本の将来のために、今こそ手を打たなければ納税者を納得させる人創りは無理になるかも知れません。」

 これは、【安倍内閣メールマガジン 第3号】教育再生(2006/10/26)の文部科学大臣 伊吹文明氏の文章からの引用です。なんか、変でしょう。教育が「効率や利益だけでは評価できない価値」なら、20兆円で納税者を納得させるという考え方は成り立たないのではないでしょうか。
 だから、教育基本法を改正しなければいけないと繋げたいのでしょうが、論理の飛躍がありますよね。

 ご意見メール、官邸に送りました。

2006年10月26日 (木)

イエロー・サブマリン温度

 映画『イエロー・サブマリン』を見たのは、30年近く前で、フィルムの状態も音響もあまりよくなかったので、面白かったという記憶はない。でも、やっとノルマを果たした気はしたものだ。だって、私は歴史ある青山学院大学のビートルズ訳詩研究会の会員だったから。
 それから、ヴィデオになったら見ようとか、リニューアル公開時とか、そのたびごとに機を逸してきたので、今回この本を図書館で見つけたとき、ちょこっとでも今読んでおかないと、多分一生手に取ることもないだろうと、思い切ったのだ。そんな大それたことか? 
 今回初めて知ったのは、あのピーター・マックスが制作にまったく関わっていなかったこと。そのことについて、著者はあの時代に、ああいう雰囲気のアートが同時発生的に生まれる要素があったのだろうと書いている(言葉は違うけど、そういう意味のこと)。
 超多忙な上、メンバーがバラバラになりかけていたビートルズが、ユナイト映画との契約を履行する最後の手段として企画されたにもかかわらず、まったく新しいアニメーション映画を作ろうと奮起した200人の物語。アニメ史上、ひとつの奇跡だったのかもしれない。
 小学生のとき、新世界会館(当時。今はPARCOか)の壁にかかったイエローサブマリンの看板を、垂涎の思いで眺めていたアニメキッドは今何処、だなあ。

ロバート・R. ヒエロニムス, Robert R. Hieronimus, 清川 幸美 / ブルースインターアクションズ
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2006年10月25日 (水)

団塊のセダン

 ついに熊日の「人」欄にまで、ミカ・バンド登場!加藤和彦氏の紹介とコメントなんだけど、カラー写真つき。活発な団塊の世代は、ネタになるということか。
 記事を引用すると「今、日本のポップスを『新しいものがない』と嘆く。『車で言えば、性能はいいけど格好が悪い大衆車のようなものばかり。聴く人の人生を変えてしまうような歌は少なくなったね』」といった感じで、こりゃ反感も買うでしょう。
 しかし、常に時代をリードしてきた音楽家に対して、「あなたが何をやってきた」なんて反論は出来ないしね、実際。それに氏の音楽に触れてしまったがために、人生変わってしまった私みたいな人間が現にここにいるので、例えはうまく決まってなくても、最早ひれ伏すしかない。ははーーー。

THE WORST OF MOONRIDERS

 ひょんなことから(それが何か忘れたけれど)、このブログを見つけまして、私みたいにライダーズとともに30年の手合いが、思い出話とともに過去のエピソードなんかを書き込むと、ただの知ったかぶりみたいだけれど、ちょっと軒先借りて申し訳ないけど、この爺さんにもライダーズのこと、語らせてくれんかのお、って感じでお邪魔してます。

 もし、ムーンライダーズに、思い出深いエピソードなり感想なりお持ちの方がいらっしゃったら、一緒に雨宿りして、コメント書き込みませんか。って、おまえ、母屋を乗っ取る気か~~。

2006年10月24日 (火)

タイムマシンにおねがいSMAP

 マッサージ椅子で揉まれていたら、「SMAPxSMAP」を見ていた妻が、「サディスティック・ミカ・バンドが出とるよ」と声をかけてくれた。懐かしの映像は見損ねたが、サディスマティック・ミカエラ・バンド(SMAP、木村カエラ参加の意)の演奏は聞けた。
「タイムマシンにおねがい」を聞いて、そのサウンドには、不在ゆえに改めて今井裕の存在の大きさを感じる。新曲「Big Ban Ban」は、ソリッドなバンド・サウンドで、初期のミカ・バンドのテイストを思わせるものだった。
 確か明日、ニュー・アルバムの発売だ。裏番組のNHKのつま恋のドキュメントは忘れてた。

B級映画の時代再び

「くまにち すぱいす」の「シネマ情報」欄を何気なく見ていて気づいたこと。

『虹の女神』主演 市原隼人、上野樹里
『天使の卵』主演 市原隼人、小西真奈美、沢尻エリカ
『ただ、君を愛してる』主演 玉木宏、宮﨑あおい

である。なんか、似たようなキャストを使いまわしているという印象。この3本以外にも、最近の映画を思い浮かべれば、どれが誰だかわからなくなりませんか。これもメディア戦略で、トータルの観客動員を獲得して一山いくらという売り方なのかもしれない。
 昔のプログラム・ピクチャーも、似たような作品(というより番組)を次から次に送り出して、そして飽きられた。もちろんそこには、テレビで連続ドラマを見ることが出来るようになったことが関係しているのだが。
 ま、消耗品の中にも、後世に残る作品が生まれないとも限らない。たくさん作られることの意義も評価しよう。少なくとも、ある程度の品質を保ちつつ、コストダウンが図られるという側面もありそうなものだ。映画だけで食っていける職人さんも必要だろう。

2006年10月22日 (日)

メディアのリテラシー能力に「?」

 10月21日付の熊日に「西鉄バス部門 乗務停止60人以上」という記事があった。「福岡都市圏で運行している路線バスの運転手のうち、この1年半の間で60人以上が飲酒検査により乗務停止になっていた」らしいが、これは「西鉄グループの飲酒に関する認識の甘さが露呈された形」となることであろうか。
 そもそも飲酒検査をなぜやるかということがある。前の晩に深酒をすることは、運転を職業とする者としては、常識はずれの行為であるに違いないが、しかし、検査自体は深酒を戒めるというより、アルコールが残った状態で運転しないようにするための予防措置であるはずだ。
 今回問題になった身代わり検査は、糾弾されるべきものだが、1年半に60人以上が乗務停止になったということは、西鉄の社内検査体制が正常に働いていることの証ではないのか。事前に見つかって、乗務させないために検査をやるのだから、この記事のように乗務停止者がいたことを、さも悪事みたいに書くことは、浅はかというか、はっきり言って馬鹿だ。共同の記者が書いたのだろうが、ちょっと調子に乗っていませんか。

晴れた日に永遠が見える

 今日のきょうまで、「晴れた日には永遠が見える」だと思っていたら、映画は『晴れた日に永遠が見える』だということに、検索していて今日気づいた。「は」があるとないとでは、かなりニュアンスが違う。だけではない。日本語として、韻が違うことの意味は大きい。

「くまにち.コム」で、ばってん荒川さんが亡くなったことを知る。享年69歳。確か小学生の頃、大津町の中央公民館で舞台を見たことがあった。「およねばあさん」は晴れた日の似合う人だった。雨だと、厚化粧が流れてしまうしね。
 ばってんさんには、ポール・マッカートニーとウィングスの「バンド・オン・ザ・ラン」とイントロがそっくりの曲があった。同じ東芝EMIから出てたから平気だったのだろうか。

「帰ってきたよ、ワルツ」

※これは、わたしの友人が送ってくれている
週刊ネコ通信「Cradle」第25号のコピーです。
このブログへの転載は許可済みです。

「帰ってきたよ、ワルツ」

江ノ島に4号も行っていた間に総理大臣も代わるし、季節も秋になり、
なによりCradleの状況がすっかり変わってしまった。
今までCradleを彩ってきたチェック、バンチ、トパーズ、ボブ、ポプラ(!)、プーマ、マイキ、ハギオ、
なんとBlue Eyes Blueのエルメス(!!!)、彼・彼女が姿を見せない! 
飼い主のところに戻ったであろうプーマ、貰われていったであろうポプラ、
一回こっきりの訪問者だったであろうハギオはともかく、おお、エルメスまで!
どうなってしまたんだろうか。心からしあわせを祈るよ。

Waltzii そんな中、ずーっと見なかったワルツが帰ってきた。
朝、ブロック塀の上にぴょんと飛び乗り低い姿勢で警戒している。
実はタンゴにいじめられている。タンゴも弱虫のくせにワルツにネコパンチを喰らわせるのである。
「まーったく、そんなことじゃいかんじゃろ!」と叱っているのだが、タンゴは聞く耳を持たない。ネコだから。
今日はよい天気で木の手入れをして庭にいたので、
タンゴのいない間に餌にありつくことができた。
よく食べること。もう、苦手なのなんて言ってられないことがわかったんだろう。
今度は魚肉ソーセージをやってみよう。
背中のクジャク紋は目立たなくなっていた。からだが一回り大きくなったからノビタんじゃろか!?

●特別付録 でんき虫通信「Iraga」第1号
「天気がよいので木の手入れ…」というのは、庭のブナの木にたかるイラガの幼虫の退治を行ったのである。
8月にも大量発生し、逆襲に合いながらも200匹(推定だが確度は高い)以上を駆除したのであった。それが、季節が代わってまた発生。
8月の時には5本生えている内の2本を丸裸にしてしまったのだ。
再び若葉が芽生えて1/4ぐらいは葉っぱがついている状態になったのだが、これは木にとってもかなり無理をしている状態で、また繰り返すと枯れてしまう恐れがある(山椒の木はアゲハの幼虫で同じような状態で枯れた)。
スミチオンという農薬がよいらしいが、慣れてないので駆除者に一番効いちゃうとまずいので、ついている枝を1本ずつ落として踏みつぶす方法をとった(前回も同様)。
ホームセンターで買った6,780円の高枝切りばさみ(これは優れもの!もっと前から買っときゃよかった)でチョッキン、チョッキン。
今回は1匹ずつ数えながらやったのだ。ちょうど100匹! 
こういう虫は鳥も苦手だろう、天敵なんかいるのかな?と思っていたのだが、いたのだ! カマキリ! でかい鎌でしっかりホールドしてお食事中のところにばったり! 
だから今回は、このカマちゃんとの共同戦線でしめて101匹となった。
わっははは!参ったか!
イラガの幼虫は刺されると、「ビビビッ」と痛みが走るところから別名電気虫と呼ばれている。葉の裏とかにいて保護色だから、注意していても気づかずに触る。
と、痛いしはれるしかゆい。前回は12カ所くらいやられたし、今回も4カ所くらいやられた(半袖で軍手もしないから、やられるのは当たり前じゃろ)。
日本3大毒毛虫というのを認定してているのだが(えっ、誰がって?、わたしがァ!)このイラガの幼虫、松につくマツカレハの幼虫、椿につくチャドクガの幼虫、このすべてに私はやられているのである!
えへん!

Denkimishi

中央にいるのが42匹目。

この撮影の後に…。参ったか!

●このメルマガは、江ノ島から4週間ぶりに帰ってきた男の自宅を中心に
2、3軒のご近所を縄張り・通り道にしているノラ猫
(ベネツィアでは自由猫とも、また最近ではTNR運動がらみで
地域ネコとも呼ばれている)達と、ついムキになってワルツのことより
付録の方が長くなってしまった男の一方的な交流を綴ったものです。
ご迷惑かもしれませんが、ま、見てやってください。

2006年10月21日 (土)

シンパティコ・アンティパティコ

 熊日で、とんねるずの木梨憲武の新音楽ユニット「あじさい」の記事を読む。結成のほんとうの理由は「本当はライブに来たおふくろが帰り際、マネージャーに『憲武の歌、いいねぇ。うちの子にまた歌やらせてやってねぇ』って頼んだもんだから」らしい。
 石橋貴明と、とんねるずでの復活について「もし貴明のお母さんと、うちのおふくろが話して『そろそろやりな』って言ったら、すぐやります(笑)」とも。

 それで思い出したのは、安倍晋三が総裁選に出る前、投票日だったか、父の墓前で誓いを立てたというコメント。人は、好意的に感じているか否かで、相手の一挙手一投足に対して抱く感情がまったく違ってくる。
 木梨の場合、本音ハズシのコメントにもかかわらず、微笑ましさが伝わってくるのに対して、安倍の場合は、そこは強調すべきところなの?とツッコミを入れたくなった。
 家庭教育の大切さをアピールする側面はあったにせよ、首相になりそうな自分が受けた教育のことではなしに、今現実に教育を受けている子どもたちの問題だということを、この人がわかっていないことをも、また明らかにしてしまったと思う。
 
 しかし、どうして私は教育問題にこんなに関心を持つのだろうか。自分の息子のことでは手を焼いているが、それは教育のあり方そのものとは直接関係ない。個人的なことだ。日本の将来を憂いているわけでもない。かなり心配はしているが。
 多分そこに「義」を見るからではないかと、ひとまず結論づけてみる。

2006年10月20日 (金)

キャメロンらしさに冒険は不要!?

 ヴォーダフォンを買収したソフトバンク。白とグレーの看板はかなり未来的(ププッ)。そこで、キャメロン・ディアス主演のテレビCM。かっこいい、ほんと。
 エアロスミスの「ウォーク・ディス・ウェイ」に乗って、キャリア・ウーマンのキャメロンが、キャメラに向かって、携帯でキャイ話しながら、ディス・ウェイにキャット・ウォークする。途中、小脇に抱えたファイルを落としたりもするのだが、それを拾いながら、それでもスティーヴ・ペリーのギターリフのリズムを外さない。ように応援しちゃう。
 新しいのに、新しくない。その安堵感が、信頼の携帯をイメージさせるということかも。

ブラッキーは、タイムボカン。

 渡哲也と木村拓哉がCMに出てるジョージアの新・缶コーヒー「ジョージア・ブラック」を初めて飲んだ。スポーツ飲料みたいに喉ごしがなめらか。アイスのせいか。くせがない。厳選豆と純水を使っているそうな。でも、香料は使っています。
 同じブラックの缶コーヒーで、無香料を売り物にしているメーカーもある。私も「ジョージア・ブラック・エンブレム」をおいしいと思っていたことがあったが、香料入り表示を見て嫌いになった。香料で香りとうまさを演出するなんて邪道だと。
 しかし、たかが缶コーヒーで、香料の有無を問題にすること自体がナンセンスであるとも思うなあ。いや、思うようになった。
 そこで、先の「ジョージア・ブラック」。コーヒーの本当のうまさは、不純物の混じったところにあるとも言えるのではないか、とふと思った。やたらピュアだと強調しても、どこか空しい。

 この文章を覗き見ていた二男に、「どうでもいいこと書いてえ。おいしければいいじゃん」と切り捨てられた。いかんなあ、そんなデリカシーのないことじゃ。

不承不承不祥事公表か?

 菊陽町で、役場職員の業務上横領と公金の流用(罪状は正確ではないかもしれません)の2件2名の不祥事が明らかになった(FMとテレビニュースでやってた)。先日は、合志市でも同様の事件が表沙汰になり、これには議員の議会内暴力というおまけまでついてきて、私は特に恥ずかしいとも思わなかったが、そう感じた市民も多かったかもしれない。
 合志市の場合、旧町でも前にやっていたという前科が問題になったのであるが、今回の菊陽町の一件、勘ぐれば、町長選挙が終わるまで、隠しておこうという配慮がなされたのではあるまいか。今回、新菊陽町長になった後藤氏は、元総務部長。選挙で監督責任を問われたら、ちょっと不利だったかもしれない。前町長の後継者と言うことであれば、さらに突っ込まれたことであろう。
 立派な役場職員を持てたことが自分の誇りであると挨拶して締めくくった(これもうろ覚えだが)前町長だったが、他に言うことなかったんだろうか。

 なんてことを書いていると、どうもアウトサイダー紙みたいで、品がなくなるかな。

2006年10月18日 (水)

熊本県政モニター第1回報告>10/9/2006・k320

第1回テーマ「食の安全安心確保による元気づくり」について

 「家庭、学校・保育所等における食育の推進」について。

「朝ごはんを毎日食べる」運動の展開がありますが、なぜ朝ごはんを食べないのか、食べられないのかの方が先だと思います。
 ゲーム、テレビ、塾通いなどで、子どもたちの生活時間が夜更し型になっていて、朝起きが苦手になっていることも一因ではないでしょうか。家庭によっては、親が夜更かしであることも原因のひとつかもしれません。そうなると、朝食がおざなりになるのは当然のこと。
 また、もともとカロリーの高い食事をしている現代人が朝食をきちんと摂るのは、オーバーカロリーではないかという意見もあります。子どもの場合、給食もあるので、夕食をあっさりとするという工夫も必要なのかもしれません。しかし、そこまで考えていない保護者も多いでしょう。
 いま、子どもたちに食育を進めることは、彼らの将来の子どもたちの教育に密接に関わっているのだということは言えると思います。
 
 「熊本の農林漁業と食文化に根ざした食育の推進」について。

 地産地消を進める上で、国内他県、あるいは海外からの輸入農産物との価格競争は避けられません。農林漁業者の収入の安定のためにどうするかが一番問題になるでしょう。
 付加価値の高い農産物の輸出によって、所得を増やそうという考えもありますが、燃料や資材などをつぎ込んで生産される高級品を工業製品の感覚で輸出するという考えが、どうもわかりません。環境問題でもあると思います。
 ただ、生産者の収入の安定のためにどうしても輸出に頼らなければいけないのか、地産地消、熊本の食文化の確立で、改善できることがあるのか、今後検討すべきことは多いと思います。

Then and Now:今年と来年の2年間、熊本県の県政モニターをやることになった。自分で応募したんだけれど。それで、第1回目の報告レポート。

今日の「きっこの日記」

 熊本県庁新館(本館)ロビーには、情報開示コーナーがある。その気になれば、使いでがある場所だ。パソコンが2台設置されていて、自由に情報収集が出来る。
 そこで、お昼過ぎ、「きっこの日記」を検索してみた。記事自体は、思ったほどの衝撃はなく、具体的な名前が出ただけで、あとはイー・ホームズの藤田社長が出す予定の本の告知といった感じだった。
 ただ、検索ついでに「きっこの日記」の評価をいろいろと読むことが出来たのはよかった。
 それと、「きっこ効果」で、久しぶりにアクセス数が増加した。別にそれが目的ではなかったんですが。

きっこの日記

『きっこの日記』を本屋でパラパラと立ち読みして、なんかパンチが足りないなと感じた。それもそのはず、耐震偽装やナンミョー関連が載ってないから。やっぱり出版というのは、ある程度一般化された良識が必要とされるものか。きっこに良識がないと言ってるわけではありません。
 いつも見ている「きっこのブログ」で、明日「きっこの日記」に爆弾発言を載せると予告してあった。やはり気になる。午前11時頃になるらしいが、すぐに削除するかもしれないとのこと。それを弱虫とは非難できないだろう。少なくともきっこは、自分の責任で放言しているのだから。
 自分でも他人の意見に文句は書かないが、一切の批判も受付けない、という態度は褒められたものではなくても、他人がどうこう言うものでもなかろう。
 まあ、ひとつの主張として、ネット上で許される範囲のものだと思う。きっこ的言い回しというのがあるが、感覚的にちょっと古いので、歳相応の女性だろうと想像します。

2006年10月17日 (火)

とりあえず、何か工夫を>10/8/2006・k319

 本紙の連載「車に頼らない街へ」に、運賃支払いにICカードを導入した先進事例として愛媛県松山市の伊予鉄道が取り上げられていた。
 記事中、熊本市交通局の「To熊カードを始めて乗客が増えたという実績はない」というコメントに私は驚いた。その部分だけ取り出して結論付けてはいけないが、カードを使ってみて変わったこと、利便性など利用者の感想を聞いたことがあるのかどうか。小銭のいらない「To熊カード」を私は愛用しているが、ひょっとしたらカード導入がなければ、利用者がもっと減少していた可能性さえあるのではないか、とも考えられる。
 降りるときはともかく乗車時のカードの差し込みにくさには、私もときどき戸惑うことがあるので、苦手だという人がいても不思議はない。公共交通機関利用促進月間には、イベントばかりやっていないで、そういう利用者の生の声を丹念に拾うことこそ大事なのではないか。
 携帯電話が普及する前、テレホンカードが広告媒体として重宝された時代があった。制約もあるのだろうが、「To熊カード」に商店街の広告をのせるとか、レジで見せると割引になるなどの提携はそれほど大変なことだとは思えない。

Then and Now:熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。私がニフティの簡易ホームページ・サービスを利用し始めたのは、新聞等に投稿して没になった文章を収める場所作りが目的であった。
自分ではいいこと書いてるつもりだったんだけど、とか、このアイデアは誰かに拾ってほしいものだとかいった願いを形に出来るところが、そこにあったわけだ。本にまとめるなんて言ってた日には、いつになることか。それに、内容によってはどんどん古くなって行くし。それが、このブログにつながっている。
 というわけで、投稿したら採用不採用にかかわらず、すぐにでもアップしたいのであるが、やっぱり掲載前に出しちゃうのもフェアじゃないみたいなので、1週間位は待ってみる。ちょっとは期待しながら。
「カードに広告を載せる」は、以前採用された投稿においてカットされたアイデアだというのは、前にこの欄に書いたことがあるのでご記憶の方もいらっしゃるかもしれません。

2006年10月15日 (日)

♪江ノ島が見えてきた…、あるいはバッテリーの不覚 最終回

※これは、わたしの友人が送ってくれている
週刊ネコ通信「Cradle」第24号のコピーです。
このブログへの転載は許可済みです。

♪江ノ島が見えてきた…、あるいはバッテリーの不覚 最終回

江ノ島編最終回である。なぜ最終回かというと、タイトルからしてネタバレだからお分かりだと思うがカメラのバッテリーが切れてしまったのである。
江ノ島に着いてカメラのパワーを入れた時からすでにアラームは出ていたのである。
「あちゃー、しまった」とは思ったけれど、私のカメラのバッテリーは2CR5というやつで、ボタン電池ではないやつ。江ノ島は観光地だからフィルムとかは売っているけど、「無いよなぁ、しょうがない。行けるとこまで。」とスタートした次第である。
まぁ、結果的に27枚撮りで2本半くらい撮れたので、こうして第4回まで引っ張れたわけである(帰りにコンビニをのぞいたらなんと、あった!)。

Gorgeous さて20匹目(目標達成!):ゴージャス --->一番下のエスカー乗り場(http://www.cityfujisawa.ne.jp/~shouten/shop/eno014/eno014.html)のあたりにいた。アメショーふうのタビー種。
寝ていたのだが餌をくれそうな気配に、アタマもたげたところ。江ノ島のネコは人ズレしていて物怖じしない、Cradle正会員のネコたちとは大違いである。どっちがいいという事もないのだが…。

Siawase さて、最終ネコ21匹目。これが最後のカットで本当によかった。
前号のハシャを撮った所のちょっと先。私はこういう写真見るととても
癒されるのですが、皆様はいかがでしょうか。
飼い猫だけど、鼻のあたりと体毛は3鼻黒ネコと縁戚にあるのかも。名前は「しあわせ」。これ以外ないじゃろ。首横に傾けるなどしてじっくりご覧ください。

Bokin トラブルはあったけれど、目標の20匹を1匹上回る21匹。
そのあとも、いるわいるわであと2、30匹はいたんではないだろうか。
江ノ島取材はめでたく成功、4回も引っ張れたしね。
とはいえ、ほとんどが捨て猫というのはどういうことじゃろか。
捨てに来るのがいる訳だなぁ。新聞とかを見ると殺処分(!)されるネコは、1年間で10万の単位(!)らしい。自殺者が年に3万人もいて、ホームレスの人もいっぱいいるし、生活に不安を抱えている人も大勢いるわけで、そちらをなんとかしなくてはならないけれど、ネコや犬の方も…ね。
かと言って何もしていませんが…。

●このメルマガは、江ノ島のノラ猫(ベネツィアでは自由猫とも、また
最近ではTNR運動がらみで地域ネコとも呼ばれている)達のために
せめてもの気持ちで、募金してきた(ほんのちょっぴり)男が綴った
ものです。ご迷惑かもしれませんが、ま、見てやってください。

フェイセズの耳に念仏

 昨夜、NHK-BSで、フェイセズのライブがあるというのを新聞のテレビ欄で見てしまったので、居ても堪らず、母の家に見に行ってしまった。わが家では衛星見れないので。
 真下正義を途中まで見ていて、死んだ父が青島のファンだったことを思い出して、おっと今日は親父の命日だったと気づいた親不孝。お線香を上げるついでに、フェイセズを見てきた。

 実はその昔「ヤング・ミュージック・ショー」でやったライブの再放送だと勝手に思い込んでいたのだが、カラーのBBCライブだった。何となくモノクロだと思い込んでいた節があるので、ちょっとびっくり。
 画像の反転などの効果が時代を感じさせるのに、5人はリアルにライブで、ロニー・レーンなんかまだ元気にしてるのね、って誤解されそうなくらい。こじんまりしているのが、ブリティッシュ・ロックの黄金時代という感じで、こういうバンド・サウンドってまだ世界のどこかで生きてればいいのになあ、と感慨に耽る。

 ロッドだって、当時自分が後にスーパースターと呼ばれるようになるとは思っていなかった1972年。ロン・ウッドもまさか、ストーンズに入団するとは...ロニーも難病に冒されるなんて、誰だって想像もつかないのに、昔の映像では、まったくこの世で最高にノーテンキ、イノセントなロックンロール野郎どもが、ルーズでご機嫌な演奏を繰り広げている。これは人生の皮肉か。と、後の世の人であるところの私は思う。ま、ロニー以外は順当にビッグになったのだから、悪いことは少ないんだけど。

 ロッドと並ぶ看板は、ロニー・レーンだったこと、みんな結構ストイック(おすましさん)に見えたことなど、新たな発見だった。

2006年10月14日 (土)

土曜の夜は僕の生きがい

 テレビ朝日系「土曜ワイド劇場」(土曜午後9時)が、放送開始から30年目に入ったそうだ。この枠が生まれた経緯は、私の記憶では、こうである。

 当時、スティーブン・スピルバーグという若者が、『激突!』というテレビ向け劇映画(テレビ・ムービー)を作ったところ、評判を取ったので、試しに劇場公開したら、思わぬ大ヒットとなった。テレビ向けでも、素晴らしい着想とよく練られた脚本があれば、映画でも儲かる!とテレビ局は色めいた。テレビ朝日は、東京キー局の中で「三強」に対して「一弱」と言われていたのだが、淀川長治さんの解説で安定的人気を誇る「日曜洋画劇場」という映画プログラムを持っていたことも関係あるかもしれない。
 
 それから30年、今や邦画はテレビ局の重要な収益源である。テレビの人気連続ドラマを映画化する「踊る大捜査線」のようなものもあるが、どちらかというと、映画をテレビで放映するときの権利を確保するためにかどうか、製作に資金的に参加するものが多い。
 このメリットは、自局の番組を映画の宣伝にばんばん使えるというものだ。映画がヒットすれば、関連商品の売り上げからもフィーが期待できる。セルもDVDになってからは単価的に売りやすくなった。作品によっては、こんなにいい商売はない。
 だけどその分、マーケティングが幅を利かせすぎて、テレビだか映画だか判らないような作品が増えてきちゃったような。

 まあ、ある程度お金をかけないと面白いものは作れないとわかったのはいいんだけど、その投資額を回収するためには、メディアを総動員するということが当たり前になった。嫌な世の中だ。って、もう元には戻れないのだろう。
 一発外せば、製作会社がつぶれるというのは、社会的には容認できないかもしれないけど、そのくらいの伸るか反るかの大冒険があって初めて面白い作品が作れるんじゃないのか、と最近映画をちっとも見てないのに、そういうことばかりは書ける私です。

「土曜ワイド劇場」に関して言えば、最初の高邁な理想に視聴率がついていかず、何かというと入浴シーンやベッドシーンが出て来た頃の低俗さが懐かしい。しかし、いまちょっと調べたら、『激突!』の公開は73年。77年7月に同番組は始まったらしいので、4年間のブランクは世の中のスピードがまだまだゆるかったということなのかな。

 ともかく、純粋にテレビドラマに徹している現在の「土曜ワイド」の潔さは、見習うところが多いかもしれない。私は見てませんが。

2006年10月13日 (金)

パブ・フォンを守れ!

 携帯電話が普及して、公衆電話を使う人が少なくなったからといって、このまま公衆電話をなくしてしまっていいのだろうかと私は思うので、なるべく使うようにしている。テレホンカードは、金券ショップで50度数400円だし。

 コンビニに行けば、今のところ大丈夫だ。使っている人もまだまだいる。人が電話使っているそばで、エンジンを切らない車がたまにあるが、これは困ったものだ。車のせいではない。運転している人が空気を読めないのだ。

 公衆電話は災害に強いと言われ続けてきた。ところがNTTは、収益の足を引っ張っているこいつを速やかに葬り去りたいので、台風だったか地震だったか忘れたが、災害が起こった後、公衆電話だけが災害に強いわけではないと、新聞に書かせていた。昨年のことだ。証拠が手元にないのが残念だ。

 ほんとうに公衆電話は災害に弱くなったのだろうか。しょっちゅう不具合起こして、まだ安定していないIP電話より、まだまだ信頼性は高いと思うんだけど。

 通信のように重要なインフラには補完する別の手段が必要なのだ。本当に必要とされるときに、この世から消えてしまっていたら困るので、固定電話にかけるときで、コンビニに立ち寄る余裕があるとき、私は公衆電話を使うのです。

 んでも、金券ショップで買ったテレカをどんなに使ってもらっても、新たな売り上げは発生しないので、NTTもあんまりうれしくはないだろうな。

 電話ボックスから、女の子に電話をかけたちょっと胸がつまるような思い出があることと、今も公衆電話を使うことは関係がありません。それよりか、100円硬貨を入れても相手が出た途端に切れるということがあって、スロットみたいに何枚もつぎ込んで、ついに話せなかったことがある。後に、それは硬貨が目一杯に詰まっているときに起こる現象だと知ったのだが、それ以来電電公社(現NTT)は憎むべき企業の筆頭になった。
 テレホンカードもなかった通信の暗黒時代のことである。

2006年10月12日 (木)

PANTAの世界

パンタについての、コアな資料を集めたサイトを見つけました。
「若いこだま」が縁です。やっぱ、NHK、守旧と前衛は紙一重って感じ。
pantaは、こちら

PANTA’X WORLDっていうのもあった。
著作権表記は、PANTAX’S WORLDになってる。どっちだったか?

2006年10月10日 (火)

引用・小泉の書評

小泉今日子の
伊藤たかみ著『八月の路上に捨てる』の書評はこちら

今回はちょっと説明的。
離婚については、ちとつらい思いがあふれるのかも。

表現王コイズミ

 発売とほぼ同時に買ってはいたが、読み始めたのは最近。少しずつ読むのが楽しみな本です。
 こぐれひでこさん(デザイナー?)との往復書簡(Eメールか)をまとめたもの。お互いに質問したり、思い出を語ったりするわけだが、やっぱり小泉のほうに注目してしまうよね。全体にそういう作りでもあるが、こぐひでさんがうまい具合に引き出しているのも事実だ。

「20代のころは恋をしがちだったり、悩みがちだったり、感じがちだったりで、心に贅肉をつける時期だったような気がする。30代は余分な贅肉落としてる時期のような気がする。」老いることについて書かれた文章。素晴らしいですね、この感性。

 たくさんの人に、表現王・小泉今日子を知らしめたいものだ。

小泉 今日子, こぐれ ひでこ / SSコミュニケーションズ
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おもしろいです
スーパーアイドルキョンキョン参上!
KYON2&こぐひでさん 大好き!

2006年10月 8日 (日)

だって、だって。

 熊本日日新聞社というのは熊本では巨大な情報産業である。新聞本紙以外にもいろんなメディアを提供しているが、フリーペーパーだけでも 「すぱいす」「 デリすぱ」「 PEAP」など色々ある(正確には編集が子会社とかもあるかも)。
 なかでもPEAPはターゲットを独身女性にしぼって、ちょっとハードなイメージの月刊紙。もう54号、早5年目か。コラムが何本かあって、好みはあるだろうが、どれもそれなりにスノッブで、私は性に合わない。が、それぞれ、まあ読ませてはくれる。その中にあって梅田千津子さんは少し前に連載をまとめた単行本を出してたが、新しいのが「だってしようがないじゃない。」である。
 今月はその6回目「種男」。職場恋愛の末、男を若い女に取られた三十路オンナが起死回生ラストチャンス、その男の婚前に、新婦より早く子種をいただいちゃおうと謀る復讐劇。約2000字。確かに、ワンパターンだけれど、広告紙で読む分には軽く(もないか)てよいのかもしれんな。

 途中で飽きてくるというのもわからないじゃない。別に推薦してるわけではありません。

梅田 千津子, PEAP編集室 / 熊本日日新聞社
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♪江ノ島が見えてきた…、あるいはバッテリーの不覚 その3

※これは、わたしの友人が送ってくれている
週刊ネコ通信「Cradle」第23号のコピーです。
このブログへの転載は許可済みです。

♪江ノ島が見えてきた…、あるいはバッテリーの不覚 その3

その3である。

前号の3鼻黒ネコあたりから、中津の宮、植物園の方へ移動している。
9月になったとはいえ温度・湿度ともに高く汗びっしょりである。
こんだけ汗かくとビールもうまかろ。いるいる。

Gridshima 左から 16匹目:グリッド --->植物園のトイレの脇。カメラもってウロウロするところではないなと気にしながら。浄水槽のメンテナンス用の格子状のふたの上、下から涼しい風がくるのだろう。いいとこ見つけたな。ところで、ウチのトラ猫軍団はここのところさっぱり姿を見せない。元気なのだろうか。
17匹目:シマ --->ネコの決めポーズのひとつですな。両手をそろえていると行儀よく端正に見える。でも目つきはするどいので岩下志摩から。グリッドの2、3メートルのとこにいた。

Hasyafight_ 18匹目:ハシャ --->出た!カッコええなぁ。覇者のハシャであ
る。先週来た時と同じところで、行き交う人々を睥睨している。突然ナニモノかに吠えだした。写真を撮る私なんかは眼中にない。眼中に入れ てもらえない私は、あたりを見回しても何に対して威嚇しているのか、とうとうわからなかった。
お、もう1匹いる。一緒に吠えている。(19匹目)こちらは覇者の腹心の部下といったところだろう。こちらは眼中に入れてくれてさかんに威嚇してきた。カメダコウキみたいなやっちゃなと思ったがそれでは失礼だろう。ファイトと名付けた。今回取材した中で最もライブな2匹だった。近くの商店(?)の窓に写真がかけてあったので有名なんだろう。

●このメルマガは、江ノ島のノラ猫(ベネツィアでは自由猫とも、また
最近ではTNR運動がらみで地域ネコとも呼ばれている)達と
一方的に交流を図ろうとしても、なかなか眼中に入れてもらえない男が綴っ
たものです。
ご迷惑かもしれませんが、ま、見てやってください。

2006年10月 7日 (土)

「どこでもロズウェル」があるわけではない

 UFOを観光まちづくりの目玉にして活性化しようという、さびれた町の青年クラブの奮闘記。ではあるんだけど、どちらかというと巻き込まれ型のコメディと呼んだ方がふさわしいかもしれない。 
 最初からUFOの町を企画したわけではないが、次々と災厄のように降りかかってくる幸運と中傷の連続。うまく行くときはうまく行くが、つまずけばどこまでも転げ落ちる、かに思われるが、助け舟はまた意外なところから突然にやってくる。 
 何より住民一人ひとりの描きわけがうまいから、町全体が立体的に感じられる。それぞれの演技が光るオールスターキャストといった趣向。実際に芝居をする場面も用意されているし。 
 日本中いたるところに、過疎という現実はある。駒木野町みたいにうまく行くところは少ないだろう。それは一概に住民のせいには出来ない。もともとよそ者の鏑木(こいつは、本当に胡散臭いが、憎めない)や牧場主川崎みたいな人間はいつも前向きだ。背負ってるものがないから。主人公靖夫のように、どうすればいいんだ。他にどうしようがあるのかと悩んでいる人たちの方が多いはずだ。
 この小説は彼らの起死回生の処方箋になるというマニュアルではない。しかし、ちょっと肩の力を抜くことを教えてくれると思う。それは何のためになるのかわからない小説の立派な効用のひとつだろう。 
 本文から「観光とは退屈な人生に、劇場を作り出すことだ。これまでの実人生で脇役や通行人に過ぎなかった人々は、離れた土地でもてなされながら主役を演じる。」  
 
 因みに実際にあるUFOの里 福島県飯野町のHPはこちら

篠田 節子 / 講談社
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過疎の町は救えるのか
5回も読んでしまった
人々の虚心を描いた

2006年10月 5日 (木)

先んじて更新制や外部評価が必要な「先生」方

 菊陽町長選挙関係の検索からのアクセスが少なくなったら、訪問者も激減。寂しいっす。

 ところで、ここ2、3日カーラジオで、国会中継を聞いている。お客さん所を回る道すがらなので、とぎれとぎれなんですが、これが結構面白い。安倍ちゃん、ご祝儀相場で今のところ、あまり早口で感情的になることもないのが残念だが。
 この国会中継にネット上でツッコミを入れるというのをやったら面白い、わきゃないか。でも仲間内では受けそう。こういうのを地デジの双方向機能でやるべきだ。原稿の漢字読み間違ってないか?とかね。

 では本題。確かに低品質の教員も多いだろうが、更新制とか外部評価の導入とか、国会議員の先生方にも適用してほしいものだと私は思う。報酬もやる気、成果の評価連動で。そうそう、医者とか弁護士とか、先生と呼ばれる人みんなに必要かもな。先生と呼ばれないもののひがみかしらね。
 学校の先生は現在でも十分に研修とか、管理上の書類作成とかで、生徒に関わるという本来の仕事にかける時間が取りにくいという話を聞く。それは研修や管理のやり方がよくないんじゃないのか。
 どうも安倍ちゃんの答弁を聞いてると、教師たるもの生徒を教える前に完璧な人間たれと言ってるようだが、そうなると先生を目指す生徒たちの中学高校時代の教育から重要になるので、やはり中学高校の先生たちにはしっかりした教育をやってもらわないと...となると、生徒に全人格でがっぷりぶつかってもらいたいが、そうなると今の管理体制はどうもそうは出来ていないという声も聞く。

 というわけで、教育基本法をいいように変えさえすれば、万事好転すると無邪気に信じているわけではないだろう安倍一派は、一体全体教育に何を求めているのだろうか。
 憲法改正の踏み台に過ぎないと考えてはいないと思うけど。

2006年10月 4日 (水)

風は知らない

 FM791の、森永節子さんの「夕方フレンド」で、リクエストをかけてもらった。このブログにも訪問してくれるということだったが、私がスタジオを訪問したい旨、書いていたことには反応がちょっと冷たかった(笑)。
 さて、リクエストした曲は、ザ・タイガースの「風は知らない」。なんでこの曲だったかというと、先週旧スタジオからの最後の放送でのラスト・ナンバーが、ザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」だったんだけど、タイガースが「風は知らない」をシングルのB面で発表したとき、とある雑誌で、フォークルのコーラスワークの影響はこんなところにも出ていると書いてあったからだ。
 久々に聞くと、そういう感じがしないでもないが、ビー・ジーズとかそっちの方が近いかも。岸部修三(現俳優の岸部一徳)の弾くベースのゴリゴリ感が印象強かった。というわけです。
 

2006年10月 2日 (月)

仏の顔も3度。

 サディスティック・ミカ・バンドが、再結成される。とはいっても、もはやミカ・バンドではない。加藤和彦とサディスティックスが木村カエラのバックバンドになって、その名も「サディスティック・ミカエラ・バンド」である。レコード会社も日本コロンビアだし。
 10月25日にアルバムが出るので、その音を聞いて判断すべきなのはわかってるんだけど、守旧派の私はちょっと戸惑っている。

 まあ、ひとつ楽しみなのは、松山猛氏が久々に作詞で参加しているところかな。

 さて、NHK-FM「ミュージックプラザ第2部ポップス」で、DJつのだひろさんが、10月16日(月)に加藤和彦特集をやるって言ってました。リクエストを送んなくちゃ。

終わってみれば、奴がいた。

 菊陽町長選挙が終わって、終わってみれば予想されていたような結果で。検索して来てくれたみなさん、役に立てなくてごめんなさい。

2006年10月 1日 (日)

団塊世代のアイコン

 熊本日日新聞に「夢見たものは今 ~団塊世代のアイコン」という記事が連載されている。共同通信社で作ってるんだろうけど、9月25日付第34回での、女優の有馬稲子さんのコメントが光っていた。

 「団塊世代」論はたぶん、会社人間をまとまった量で把握するのに便利な理屈。個人同士の関係ではあまり意味がない気がしますね。

と、いうもの。それでもやはり、世代的には一括りに出来る部分もあると思う。そのひとつが学習指導要領などの教育施策や、教科書みたいなものである。といっても、たとえば東京と熊本では当然環境も状況も違うから、まったく同じには育たない。
 そこが面白いところであり、時代の変化に柔軟に対応できる部分だと思う。安倍総理の構想の「すべての子どもに」とか、国直轄の統制には進化論的な危うさが伴うと言ったら、大袈裟でしょうか。

「菊陽町 町長選挙」即日開票。

「菊陽町長選挙」関係の検索からのもので、今日だけで、今のところ21件のアクセスがある。この1週間で84件。そう多くはない数字だが、確実に興味を持ってる人がいるってことだ。
 このブログの記事が上位に来るくらいだから、大した情報はない。公職選挙法の絡みで、ブログとはいえ、どこまで書いていいのかわからないし、ということもある。
 よその市町村ではどうなんでしょうね。

 ともかく、このブログのアクセス数にかなり貢献してます。

♪江ノ島が見えてきた…、あるいはバッテリーの不覚 その2

※これは、わたしの友人が送ってくれている
週刊ネコ通信「Cradle」第22号のコピーです。
このブログへの転載は許可済みです。

その2である。そのいくつまでいけるだろう♪(でへへ)。

まだ、島の東側の路地あたりにいる。おっ、いるいる。

Enox2_2 左から 9匹目:ポイント --->トラ猫、あまり特長なし。鼻の上のほくろ?(傷かもしれない)からポイント。一般的にポイントと言ったら、ネコの場合シャムやヒマラヤンなどの耳・足先など色が濃くなった部分を指すらしいが、この場合は鼻の上の小数点ということで。
10匹目:イーノ --->すね猫系。「いいの、わたしのことなんかほっといて」「そか、じゃね」

Enox2_1 11匹目:タビィ --->一般的にタビーと言ったら、ネコの場合縞模様の猫を指すらしい。トラ猫のことですな。ですが、上のポイントの ようなトラ猫の他に黒トラ、茶トラ、キジトラと奥が深い。あメショーなんかはタビーとは言ってもトラ猫とはあんまり言わないしね。
1本の体毛を見てみると、2、3色に色が変化していてそれの集まりで微妙な縞模様が現われるらしい。遺伝の話になると私にとっては奥無しなので立ち入らない方がよさそう。このタビィはブルーがかってなかなかかっこ良い。
12匹目:カロン --->冥王星が惑星ではなくなった。SFでは、宇宙フロンティアの最前線で人類の版図はここまで、と言う扱いだ。この考えに慣れ親しんできたので、ちょっと残念。太陽系の端っこは海の神様じゃなくて、冥府の王プルートの領域というのが文学的には
ふさわしいように思う。カロンは、冥府の川(三途の川みたいな…)の渡し守で、衛星の名前にもなっている。お寺にいたしね。

Hanakuro_x3 この3匹を「可愛い」とか「いい面構えしてる」とか思えるには、多少の人生経験が必要であろう。新婚の若奥様が「今日からは家族の一員よっ!」と言って飼う気にはとてもならないだろうと思う。左からブフフ、ブヒヒ、ブヒブヒ(13~15匹目)。
「カロンなどはギリシャ神話まで持ち出しているのにこの手抜きはなんだ!」とお怒りはごもっともですが、しょうがないじゃん…そう思ったんだから…。直感的な、最初に口をついて出てきた言葉を大切にしたいと思うのであります。
私自身は、いい面構えしていると思うクチであります。どんなこと考えているのか話し込んでみたいものであります。
でも、人生経験なんか必要なくて、ブフフなんかは小学生の女の子にナデナデされておりましたぞ。それで目を細めておるのでした。

その2は7匹にしとこう。なかなか良い企画だなぁ。

●このメルマガは、江ノ島のノラ猫(ベネツィアでは自由猫とも、また
最近ではTNR運動がらみで地域ネコとも呼ばれている)達とも、
一方的に交流を図ろうと2度も脚を伸ばし、かかった取材費をペイするために
何回まで引っ張れるかを計算している男が綴ったものです。
ご迷惑かもしれませんが、ま、見てやってください。

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