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2006年7月 2日 (日)

くちびるにうたを

 小学生の頃、テレビでよく歌謡曲の番組を見ていたので、今でも演歌の一節が口をついて出そうになる。歌謡曲が、歌謡曲であった時代。歌が世相を反映していたなどと言うのはたやすい。
 しかし、それは今、この時代でも同じことだろう。ひとつ違うのは、音楽、いや歌との関わり方ではないかと思う。

 ソニーが軽量で高性能のヘッドフォンを開発したことに始まり、音楽は携帯するものへと進化し続けてきた。そして「歌はうたうものではなく、聞くものになった」と決めつけると、じゃ、カラオケは?と言われるかもしれない。
 確かにカラオケは、人が歌うということに新たな次元を提供して、全世界に広まっている。しかし、カラオケ(もともとの意味である伴奏)のバッキング無しで歌うことが考えられなくなった、とも言えるのではないか。

 極論決めつけの方が、共感を呼びやすいので、そういう体裁をとっていますが、口づさみにくい歌が多い昨今、たとえばレミオロメンの「粉雪」のサビぐらいは、私も歌える。これは、ある意味そういう状況の象徴かもしれない。

 結局、人の口をついて出る歌には、現在あまり貨幣的価値はない。サウンドという形のないものが、お金に置き換わるためには、楽曲として販売されなければならないのだ。そして、そのためのマーケティングを追求すると、今のところタイアップが効率よいとされているが、それでいいのか。

 そういうものだ、etc.

 因みにわたくし、この「楽曲」という日本語が大嫌いである。おそらく、渋谷陽一が、NHK-FMの「サウンドストリート」で使い始めた(それを言うなら、雑誌「ロッキング・オン」?)言葉だと記憶するが、なんでただの「曲」ではいけないのか、「歌」ではいけないのか。
言葉に対する好みの問題に過ぎないかもしれないが、「楽曲」なんて、クラシック音楽に対するコンプレックスみたいじゃありませんか。
 これ、渋谷陽一本人に対する好意とは別物ですので悪しからず。

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コメント

私も「楽曲」と言う言い回しはすごく違和感を感じてますね。

若いネーちゃんニーちゃん。それか中途半端な親父が子供使って、商売根性丸出しで、パソコンで楽曲なるものを作成する。どれほどの物かと。。

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