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読みたい本だな

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2006年6月の22件の記事

2006年6月30日 (金)

コメントさん☆"

 最近、コメントを書き込んでいるブログ。
T&DホールディングスのT&Dブログと、
三友工務店のココロブログです。

2006年6月28日 (水)

特集・本上まなみ

Dscf0092_1 実物をデジカメで撮影したものなので、
あまりきちんとはしてません。

Dscf0094クリアファイルは半透明なので、
下に茶色の封筒を敷いています。

2006年6月27日 (火)

サンソン棚からひとつかみ

 日曜日の午後のひとときは、山下達郎の「サンデーソングブック」で過ごす。エアチェックして、あとで聞くことが多いが、25日には、先週のスポーツ特集と、今週のと2本まとめて聞いた。
 先週の放送でのNHKのチャンネル数削減の話題は、リスナーの葉書にもあったようだが、彼らしく断固とした言葉で、FM放送と音楽文化について熱いメッセージを送っていて、民放も捨てたもんじゃないな(あれ、少し変ですか?)と感じた。
 今週分では、当然与党自民党が、FMはそのままにしておいてやろうと決めたことに、まずは一安心という流れになっていたのだが、聞いてもいない人に、存続を決定されるなんて、おかしいぞ、と多分みんながあちこちで声を上げたに違いない。

 しかし、だ。問題は、自民党がNHKに恩を売った形になっているのではないかということだ。「助けてやったんだから、言うこと聞けよ」ぐらいのことは、暗黙のメッセージとして発されているのではと、大いに勘繰るところである。

2006年6月26日 (月)

新・合志市のホームページ

 合志市の公式ホームページに掲示板が出来ました。合志町のときにはあったけれど、市になって消えていたので、新しく出来たということですね。

 さっそく、書き込んだクンタキンヤ。どうも呂律が回っておりません。失礼。

「フィッシュソーセージは苦手なの、ワルツ」

※これは、わたしの友人が送ってくれる
週刊ネコ通信「Cradle」第7号のコピーです。
許可転載です、一応。猫好きの方、コメントください。

ワルツの章

タンゴと一緒によくいるので、こちらはワルツ(*1)。
メス、1歳。キジトラの広めのブチ、背中に2カ所クジャク
のの羽の眼紋風のパターンあり。ボブテイル。目は?

タンゴもそうだし、ボブもチェックも最近栄養状態が良いのか(えへへ)
暫く前と較べると大分大きくなった。
同級生なのにワルツはちょっと小振りかなぁ。
最近はタンゴと一緒にブロック塀の上で餌を待っている(*2)。
ボブやタンゴのような食べ物に対するひたむきさというか
ハングリーさに欠けるところは、チェックに似ている。
煮干しを切らしたりすると魚肉ソーセージを与えるのだが、
(あの赤いラッピングのやつです)なんとワルツは残す! 
餌を与える方としては、「チョーむかつく」のである(えさやり男の、
実は好物なのである)。
タンゴさえも2切れ目は食が進まないそぶりを見せる!
裏切られた思いすらするのである。
えさやり男は会社に出かける前に、
食べ残しをわざわざ片付けなければならないのであった。
じゃあウインナーはお好き? ワルツ。Waltz_w

(*1)名前疑惑発覚!? 
ワルツっていうのはタンゴに似ていて
「素人には見分けがつかない」
などと発言していたのではなかったのか!(見分けつくぞ!)
このネコは、第4号の「The Cradle All Stars」の写真を作る時の、
材料段階の写真のファイル名では「セリーヌ.jpg」になっている
という信頼すべき筋からの情報も入手! 
怪しいぞ、何か隠しておるな!--->「名前疑惑徹底糾明編」お楽しみに
(現在鋭意 調査中!)。
(*2)マダムエルメスおめでた!? ここしばらく現れなかったのです。
グラマラス振りが圧倒的な状態になってきてたしィ、最近みないしィ、
ゴカーイニィン? と一部で噂になっていたのです! 
今、明かされる新事実!--->「公園デビュー?編」お楽しみに
(現在鋭意調査中!)。
(だんだん週刊誌みたいになってきた)

●このメルマガは、後片付けをちゃんとする男の自宅を中心に2、
3軒のご近所を縄張り、通り道にしているノラ猫(ベネツィアでは自由
猫とも、また最近ではTNR運動がらみで地域ネコとも呼ばれてい
る)達と後片付けをちゃんとする男の一方的な交流を綴ったものです。
ご迷惑かもしれませんが、ま、見てやってください。

2006年6月25日 (日)

「雨が空から降れば」

「雨が空から降れば」という曲を知ったのは、雑誌「guts」の記事だったと思う。当時(中3?)、シンガーソングライターを目指して、曲作りに励んでいた私は、当然日本語をメロディに乗せるという課題に挑戦していて、そのテキストとなったものである。
 小室等さんは、教会で賛美歌を歌っていて、日本語訳のアクセントと曲とが合っていないことに気づき、そこを解決しないと日本語の歌としてはおかしいと、ものすごく真面目に考えたらしい。
 で、その実践として、この別役実さんの詩による「雨が空から降れば」が生まれた。という記憶が私にある。

「雨が空から降れば オモイデは地面にしみこむ」

 いまでも、雨の日にはこの歌が、どこからともなく湧いてきて、ふと口ずさむ。確かにちょっと五線譜をオタマジャクシが泳ぐのが見えそうな、ぎこちないメロディであるが、そのギクシャク感が、60年代という時代を感じさせると同時に、不変(不偏)のものでもあるな、と。

「気分は歌謡曲」で、近田春夫が、日本で譜面を感じさせない作曲家として、よしだたくろうを挙げていた。と思う。もうひとりは思い出せない。
 そして、自殺するのが若者だけではなくなって、逆に今も新しい井上陽水の「傘がない」。行かなくちゃ、って思うとき「行かな~くちゃ」って、あのメロディが出てくるんですよね。って、誰かが昔書いていたなあ。「もう~すぐ~だね~」とか、自然すぎて笑っちゃいます。
 先日FMで、どこかのばかオンナが、傘がなくったって行けー、とか言ってたが、まあ発表当時の状況を知らない世代に、文句言っても始まらないし、そんな陽水自身が結構、攻撃の対象だったような時代だったし。そして、UAのカバー「傘がない」には、彼女らしさはあっても、歌としての迫力はまったくありません。

「雨がシトシト降れば オモイデもシトシトにじむ」
 
 雨の日の追想は切りがありませんので、この辺で...

2006年6月24日 (土)

エコドライブの多寡

 エコドライブは、ガソリン代が高止まりの状況で、より切実な環境問題になってきた。何で読んだか忘れたが、発進時にむやみにアクセルを踏み込むより、2000回転以内に抑えると、省燃費になるんだと。
 確かに、多少の坂道でも、じわーっと加速してくる感じが妙に力強い。ベンツの加速に似た感じ。ベンツの場合、ドッキューンという加速をしないのは車体が重たいせいらしいが、意外と燃費を考えたエンジンの設計をやっているのかも。
 
 乗用車のタコメーターは、スポーツタイプで、スピードと加速を楽しむためのオプションみたいに思っていたが、エコドライブを実践するには、目に見えてためになる。エアコンの使用を控えたせいもあるかもしれないが、私の場合それで、リッターあたり1km以上は、伸びるようになった。
 この辺、クールビズ決算に細かいこと言う割には、ちょっとザッとした数値で申し訳ありません。車の燃費は、複雑な諸事情が絡んでくるので、「こうしたから、こうだ」というのが、なかなか数字でキッパリ表せないのは、環境省ではないのでご勘弁。

2006年6月22日 (木)

"shoulder"

 LOVE FMの推薦曲ペリドッツの"shoulder"。これは、耳に残る。細っこいファルセットが、いつのまにか図太いギターソロへと発展する構成は、かっこいい。しかし、歌い出しの歌詞がどうにも引っかかる。

 どうして生きていなきゃいけないのという、彼女の問いに、君を愛しているからだと答える主人公。ほんとにそれでいいのか、と私は疑問に思う。はぐらかすことが、その意図なら構わないが、質問に答えるために、真剣に言葉を探す努力を怠っているのではないか。たかが歌詞とはいえ、もうちょっと深い思索(詩作)がほしかった。

ボルネオの夜

 亜熱帯気候の熊本の夏。元熊本県知事、故福島譲二氏は、「熊本の夏は、ボルネオ並み」という至言を残し、クールビズの先駆者となった。というか、昔の勤め人は基本的に開襟シャツだったのだが、香港カラーというのをどこかの繊維会社が売り出してから、半袖でもネクタイってことになったのではなかったか。

 ユダヤ教では、シャツのボタンは喉元まできっちり留めるという戒律があるらしく、昔のボブ・ディランの写真を見ると、それがわかる。昔、どこかで読んだ受け売りです。

 それはそうと、亜熱帯の蒸し暑さ、寝苦しさは、子どもの頃の記憶としっかり結びついている。昔の地元映画館は、じめっといていて、あれは冷房が入っていたのか、いなかったのかよくわからないが、モスラの生まれ故郷なんて、そのジャングルの湿度まで伝わってきたような気がする。昭和30年代には、そういう南方戦線帰りの人の感覚が、映画に色濃く残っていたのかもしれない。

 エアコンが当たり前の時代の子どもたちには、想像もつかない懐かしさの感覚。ありがたいような、やっぱり涼しい方が快適なような。

 アメリカ南部も蒸し暑さでは、ボルネオも真っ青って感じがするが、外出時には必ず上着着用という厳格な習慣があるらしい。これもどこかで読んだのだが、上着を着ずに出歩いただけで、悪い噂が立つらしい。今もそうなのかな。ゆるゆるになりがちな気持を引き締めるという効果を狙っていたのかもしれない。

 やっぱ服装は文化だから、ノーネクタイの首相が、イラクから自衛隊を引き上げると言ってくれたって、最初っからきちんとした考えで派遣していました、という真剣さが窺えないのだった。

2006年6月20日 (火)

永住の地、約束の丘

 雑誌「くまもと経済6月号」に、新しい益城町長、住永氏のインタビューが載っていた。益城町の人口が、菊陽町に抜かれたのが相当くやしいようだが、どうも程度が低い。
 いくつかのビジョンのうち、第2空港線沿いを開発することで、町を活性化したいという、もう勘違いも甚だしい、構想がある。といっても、町外の私がどうこう言うことではないか。
 いや違う、第2空港線は、熊本の表参道、いや表玄関だから、益城町長一族の利益のために、あの景観を破壊してしまっていいのか。イオンモールの開発を認めなかった熊本市は、周辺の渋滞と、それが空港へのアクセスに与える影響を考慮したからではなかったか。第2空港線が東バイパス化してしまったら、熊本空港は文字通り「陸の孤島」になっちゃうよ。

 まあ、街路樹のクスノキには、確かに問題もあるかもしれない。しかし、だ。熊本空港から市街地方面へ下る第2空港線の両側に広がる緑緑みどりの丘陵地帯。その美しさゆえ、どこにもない熊本に感動される客人は多いと思う。

 住永町長、あなたは相当古い。町民の意識も古いだろうから、益城町にまず発展は望めません。
 

2006年6月19日 (月)

挙国一致とテポドン

 昨夜は、ついに日本対クロアチア戦、応援してしまいました。あっという間の2時間だったが、これといった感慨もない。日本が勝ったら、暗闇に乗じてテポドン発射するんじゃないかとか思ったりして。
 週刊文春の「考えるヒット」によると、近田春夫氏は、ワールドカップにまったく興味がないとのこと。いいんじゃ?山下達郎氏は、TOKYO FM系で「サンデーソングブック」をやっているが、先週と今週は、上からの指示で「サッカーにまつわる曲を流しなさい」ということになったらしい。先週は海外編。だがサッカー関係の音楽があまりに酷い曲ばかりで、選曲は困難を極めたのだと。昨日の放送は、エアチェックしてあるが、まだ聞いてません。
 しかし、難題を与えられると発奮する、ナイアガラ体質(というのかなあ)は、素晴らしいことです。

「ツチノコ? トパーズ」

※これは、わたしの友人が送ってくれる
週刊ネコ通信「Cradle」第6号のコピーです。
許可転載です、一応。猫好きの方、コメントください。

トパーズの巻
(名前つけようと考えたら、70年頃観た映画の
ヒチコックの「トパーズ」をなぜか思い出したので。
トパーズってこんな色だっけ!?)

メス、3歳くらい?。薄めのトラ猫。
眼は黄色、太くて長い尻尾が特徴。
猫の尻尾にはいろいろある。ボブのようなくるっと短くって
丸いジャパニーズボブテイル(日本の猫にしかいないらしい)、
曲がってしまってる尻尾(エルメスみたいな)、長い尻尾、太さとかも様々。
みんなそれぞれ違う尻尾で不都合な様子はない。
うちで飼っていたネネは曲がり尻尾でチップは長くていかす尻尾だった。
グイとにぎると侮辱されたみたいに怒っていたなぁ。
他の猫を威嚇する時には、うなり声とともに毛を逆立てるので、
尻尾も倍以上の太さになる。
うちではそれを「たぬきの尻尾(状態)」と言っていた。
さて、トパーズ、この尻尾は普段でも太い! 
上から見るとアタマと胴体、それから尻尾がひとかたまりになって見える
(ちょっと誇張し過ぎ)。
80年代に世の中騒がせたツチノコの正体は、さてはお前の眷属だな!

Topaz

隣のメタボリック症候群心配男は、与えている餌がイワシ(煮干しだけど)なので、HPで「サバやイワシなどの背中の青い魚は猫の血液 中のナントカをこわしてしまうので要注意」という記載を見てびっくり!。あんなにみんな喜んでいたのに、カラダにいいっていってしまったのに(第4号参照)。みんな体に異常はないか?と青くなってしまった。
「生だとビタミンを壊すらしいけど、煮干しなら大丈夫」と 教えてくれる人がいてやっと安心。心配かけやがって。

●このメルマガはメタボリック症候群心配男の自宅を中心に2、3軒のご近所を縄張り、通り道にしているノラ猫(ベネツィアでは自由猫とも、また最近ではTNR運動がらみでは地域ネコとも呼ばれている)達と
メタボリック症候群心配男の一方的な交流を綴ったものです。
ご迷惑かもしれませんが、ま、見てやってください。

2006年6月18日 (日)

日曜喫茶室的

 とあるセミナーで、女性講師が、仕事上の自己実現のためには、同僚からのお茶の誘いも、PTA活動も断って、8年間がんばったと語った。
 結果的に、小さいサークルのお友達付き合い以上の、ハイクラスな交友関係を手に入れることが出来たということを言いたかったようだが、そこで、PTA活動が出てくるところが、そうは言いながらもかなり負い目があったのかもしれない。
 何かを手に入れるためには、犠牲にするものも多い。彼女は、自分の子どもをバイリンガルにするための教育費を稼ぐために、高収入を目指したのだと言う。まあ、自分の子どもだけが、いい教育を受けられればいいという発想を責められはしないだろう。

 子どものためとは言いながら、PTA活動自体が、親の自己実現の場という見方も出来る。かくいう私がそうだった。しかし、それもまた全部が批判されるべきことでもなかろう。親といえど、人間的には未完成なのだから、子どもの成長と共にさらに、自己研鑽に努めるのは悪いことじゃない。
 しかし、教育の問題は、少子化の遠因でもある。お金の問題でもあるし、中身の問題でもある。自分の子育てだって、たくさん疑問符が突きつけられているのに、よく言うよって感じなんだけどね。

 ところで、話を逸らしますが、今日NHK‐FMの「日曜喫茶室」に秋元康がゲストで出ていた。なにかやるたびに、なんか文句言われる人だけれど、最近のプロジェクト「AKB48」の話を聞いたら、やっぱうまいこと考えると感心した。おにゃんこクラブとおんなじ仕掛けではあるが、秋葉原に300席ほどの常設の小屋を作ったというところが、ナウいのだ(笑。
 おにゃんこの時代は、公開生といっても、電波に乗せることで成り立っていたところを、今回は寄席芸あるいはストリップ小屋の感覚にしてしまっているらしい。主演の少女たちは、毎日成長している。それをステージで目撃というか、観察できるし、声援を送ることが出来るのだと。チケットが取れない状態になっているという、事の真相はわからないが、さすが東京ですな、わっはっはっは。

2006年6月16日 (金)

あの鈴木慶一さん。

 養命酒の新聞広告には、本上まなみが出てると思ってたら、テレビCMでは、なんと鈴木慶一さんが出演。相変わらずつっ立っているだけの演技のお相手は、原田美枝子。紀信・激写の衝撃は、100万光年の彼方かな。人間年を経て、成熟するものです。決して老化と言ってはなりません。
 http://www.yomeishu.co.jp/tvcm/index.html

 で、本上まなみが、CMキャラクターをやっている大同生命。アニメ篇のイメージソングを柴咲コウが歌うことになったらしい。世界的なアニメーション作家(と書いてある)山村浩二氏の作品。去年は、平井堅が歌っていたけど、ほとんど話題にならなかったみたいだ。
 タイアップというより、既存の曲を借りてくるという形なのではないだろうか。安上がりで、それほど話題にならない分、上品、とも言える。
 http://www.daido-life.co.jp/t_daido/cm/index.html

2006年6月13日 (火)

【合志市のまちづくりについて思うこと】>6/3/2006・k316

「子育て支援のまちづくり」の目的は、定住人口を増やし税収を上げることだと思う。もちろん、子どもたちが増えれば、まち全体が活気づくのは間違いない。しかし、当然そのためにはお金がかかる。そして、結果的には、そうまでして、このまちで育てられた子どもたちは、成人して、よそに出て行ってしまう。だから、新規で移り住んでくる若い世代の夫婦を呼び込むということになる。あるいは、出て行った子どもたちに「戻って来いよ」と呼びかけるだろうか。

 ただ、それは少子化対策としてのまちづくりの側面である。豊かな環境で育った子どもたちは、人類の未来に大きく貢献できるような人材となるかもしれないし、そこまで行かなくても、ゆとりある子育ての連鎖となるだろう。

 拡大し続けるまちは、活気にあふれている反面、実際には問題も多く発生する。それを解決するためのノウハウの蓄積があるかどうかが、これからのまちづくりの基本だと思う。たとえば、防犯パトロールにしても、「あります」「やってます」では、事件を防げない。最後には、子ども一人ひとりが、どう判断して、危機を回避するかにかかっている。それをいかに子どもたちに自覚させ、教えるかが大切だ。

 また、イベント頼みのまちづくりも、もはや限界という気がする。イベントを実行する方はまだしも、お客さんとして参加するだけの大多数の住民からは何も生まれない。あちこちのイベントを消費するだけだからだ。何のためのイベントか、という目的をきちんと持たなくてはいけない。「ふれあい」や「交流」の先に踏み出さなければ、足腰の強いまちにはなれないだろう。

 元来、行政の役目は地味なものなので、なるべく何もしていないように見えるのが理想だと思う。そうすれば、住民の自治意識も育つというものだ。これからの時代、当然住民の高齢化は避けがたい。現役引退世代が家庭内「引きこもり」に陥ることがあっても、近隣との接点を保ち続けられるような、目立たない政策とは何か。それも重要な課題だ。

Then and Now:合志市の政策審議会の公募委員募集に応募した原稿です。まだ通知がないけど、落選でも知らせてくれよな。
以前熊本県の副知事をやっていた黒田武一郎さんが、熊日夕刊に連載中の「きょうの発言」6月10日付に、「自分の生まれ育った地域をより素晴らしいものにしていきたいとの強い意志を持つ人間が次々に出てきてくれればいいのですが、これまでの教育は地域の外に出て行くことを推奨し続けた歴史でした」と書いている。こういうふうに書けばよかったのだな、と思いました。
数年前、知事公邸で行われた地域づくり交流会の席で、当時の黒田副知事に、なんか盛んに自分の意見を申し上げたのだが、ビールの酔いが醒めたら、見事に覚えていなかった私。氏いわく、「議論好きの熊本県人」の面目躍如(?)って感じ?

熊本市の教育委員会では、子どもたちに危険回避の実際的な手段、防犯ベルの鳴らし方や、咄嗟のときの声の出し方などを、実地で指導することにしたとのこと。そうだ、そうだと感心しながらも、そういうところまでやらざるを得ない、子どもたちを取り巻く危機的状況を、私らはどう憂えばいいんざんしょ。

2006年6月12日 (月)

「パパはカサノバ」

※これは、わたしの友人が送ってくれる 週刊ネコ通信「Cradle」第5号のコピーです。許可転載です、一応。猫好きの方、コメントください。

パパの章

「パパはカサノバ」(初めて見た時思わずついてでたことばが「おまえ、パパだなっ!」)
オス、3歳くらい?。タンゴ、ワルツの親だと確信させる白地に黒のぶち。
ブチは真っ黒で尻尾も真っ黒。目は薄い黄色。
男臭いがっしりとした体つきでのしのっしと歩く。かなりの迫力。
エルメスでさえパパが餌を食べに来ると、脇に控える。でも、これは夫を立てるという感じではない。
ばくちで借金つくって出て行ったろくでなしの亭主を冷ややかに見ているという図だ。
時、折しも恋の季節で、パパはそんなことは気にしない。
昨日の夜はバンチをナンパしてて、今朝なんかはトパーズにも?
エルメスにもよりを戻そうと近づこうとしているが、
なんとエルメスはチェックと仲良し!
チェックが一緒なので手出しができない。
今年はどんな子猫が増えることやら。W_3

隣のノーテンキな男は、餌やって写真撮って
人の迷惑顧みずメルマガ送って喜んでいたが、
ある日ノラ猫のことをちょっとHPで調べてみた。
そしてTNR運動というのを知ってしまった! 
Trap-Neuter-Return Programで、
捕まえて、去勢して、帰すというノラ猫保護の運動のことだ。
まだノーテンキな男も勉強始めたばっかりなので、主旨には賛同するものの、
パパからオスをとっちゃったりエルメスが子猫ペロペロできなくなると可哀想だなとか、
断種ってハンセン氏病の話の時にも出てきたなとか、
民族浄化とかいった身の毛もよだつような言葉も連想して、
うーん困ったな、と思っている。
ノーテンキな男がブックマークしたHPは
「のら猫学入門(http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Tama/9073/index.html)」。
餌やって喜んでいる場合じゃないぞ。だからパパも程々にね。

2006年6月11日 (日)

ブログ終りなき挑戦!

 ブログというのは、Web‐logの略、つまりウェブ上の航海日誌という意味らしい。そこには、スタートレック世代の感性が窺われます。で、もともと航海日誌は棒切れ(log)に刻んでいたことからそう呼ばれるとか。あ、皆さんご存知。

 このブログというもの、やめましたと宣言して、更新停止にするか、ある日突然削除でもしないかぎり、終りがない。そう考えると、かなり苦痛になる人も出てくるだろう。

 毎日更新して当たり前。間隔が空くと、来訪者が途絶える。のではないか。とか。

 結構、脳内麻薬というか、エンドレスフィン?が分泌され、その刺激のなかで、いわゆる依存症状態になってゆくのかもしれないです。かく言う私も、もうすでに囚われの身。ただ、ココログでは(他は知らないが)公開日時が設定できるので、書きためて、順次公開というアリバイ作りも出来ないことはない。ちょっと試してみた。

 しかし、そうまでして、日日更新というカッコつけなくてもなと思う間もなく、すでに生活自体が、ブログネタ採取と化してしまっている。投稿歴は古いので、当然これまでも投稿ネタ探しをしながら暮らすという、無給ライター生活もあったのですが。

 ブログとは、宇宙空間に永遠に漂う、宇宙旅行の、やっぱり航海日誌なのかな。エイリアンに襲われて、無人になったスターシップにいつまでも残る、みたいな。偶然通りかかった誰かが、それを解読してくれる日もあるかもしれない。356億年後くらいに。

 でも、電気が通じてなければだめだよ。

2006年6月10日 (土)

「友情のエール」

 YELL FROM NIPPONの歌う「友情のエール」を買った。CDの売上でアフリカのエリトリアをはじめ、世界の子どもたちへサッカーボールを贈るというチャリティ。小泉今日子が参加しているので、私も参加した次第。公式サイトで、PVが見れますが、なんと!小泉の姿がない!!サウンドでは、冒頭で、石井竜也とのデュエットが聞けるのだが、これは残念です。

 で、ショップで(明林堂ですが)、ちょっと迷ったのは、サッカーボールを、いわゆる恵まれない国の子どもたちに贈るというアクティヴィティに、一体どういう意味があるのか、ということ。サッカーというのは、ワールドカップを見ればわかるように、明らかに代理戦争です。「実際の戦争にまで発展せずに、ルールに則ったゲームで昇華できればいいじゃん」で、ほんとにいいのだろうか。

 という疑問を持ったのは、うちの不肖の息子、洋平の言葉、「審判に見つからなければ、何でもありだけん」にあります。スポーツ・イコール・ピース。そういう考えでいられる方が、はるかに気楽でいいんだけど。

 でも、ひとまず、銃を取る代わりに、ボールを蹴ってくれ。そしていちおう、ルールが必要だってことを認識してくれ。そりゃ、現実には、陰で悪さするやつは絶えないさ。正義というやつは、その立場によって変わるものだし。

 おっと、個人技と同じように、チームプレイも重要なこと、それに相手に対するリスペクトが一番かもしれない。ってことを、多分学んでくれるんじゃないかなあと思ってね。

 南佳孝、忌野清志郎両氏の参加がうれしいけど(ウィリー・ネルソンと、ボブ・ディラン?)、MEGUMIの歌のうまさにびっくり。白石美帆も可愛いよ。

2006年6月 4日 (日)

週末のクール

 昨日、中3の二男に『レヴォリューションNo.3』を「読むか」と、ほいと渡したら、ページをめくるや、すぐに引き込まれてしまったらしい。ときおり幸せな笑い声をあげながら、読み進む。

 私は、西合志図書館から返却を催促されていた『週末のフール』。傍らには、ペプシのアルミペットボトル。ラジカセで、バドフィンガーなど聞きながら、「親子で読書」の至福のときは過ぎていき、日は傾いた。

「ネコに告ぐ!」

Special Issue 『ネコに告ぐ!』

「ネコの紳士淑女、少年少女諸君! 忙しい中集まってもらってサンキュ。
これから今後の餌について重大発表を行う!」
  ………………。
「そう緊張しなくてもよろしい。
今まで、ワシは『味つくり100年、かね七』の『無選別にぼし』を諸君に与えてきた。
が、次回からは新型の『海産乾物  柾屋』の『煮干』に変更することにしたっ!
 Foods_1まずは写真を見てもらいたい!」(写真が出る)
   

にゃにゃにゃあーッ!!!

「わはは、下がかね七の一袋60g入り99円の従来型の煮干 しである。
ワシが99円ショップで購ってきたものである! 
そして上が柾屋の煮干、一袋に500g入って577円であーるっ!
 コストパフォーマンスが非常によろしい!」

  ………にゃにゃ、にゃのにゃにゃは、にゃに?

「うん?左上のは何かって? おほん、えー、あれは…く、薬である。
ワシが夜眠れない時などに、氷を浮かべた薄茶色の別の薬を飲む時に
同時に服用するもので、とても苦い! であるから、諸君は気にせんでも
よろしいっ! ただ大きさの比較のために一緒に撮っただけである。」

  ………?、?、?

「見てもらって分かるように大きさが違うっ! 約2倍の大きさ
である。一辺の長さが倍になると体積は3乗となるっ!」

  ………うにゃあ?、?、?

「簡単にいうと、とても大きいということじゃっ!!」

  うにゃっ!、うにゃーっ!、うっにゃーー!!!!

「これはこのメルマガの読者のけーちゃんからの差し入れであるっ!
「決しておろそかには食わんぞ」の気持ちで食してもらいたい。
七人の侍の志村喬って知っとるか? 調べておくように。
煮干しには現代ネコに不足しがちなカルシウムや最近注目をあびている
エイサコペンタエン酸やドコサヘキサエン酸という高度不飽和脂肪酸が
豊富に含まれておる、と袋にかいてある。」

  ………?、?、?

「簡単にいうと体にいいといいうことじゃ」

  うにゃっ!、うにゃーっ!、うっにゃーー!!!!

「そうかそうか、そんなに喜んでくれてワシも嬉しいぞ。それでは次回
からの餌を楽しみにっ! それでは解散じゃっ!」

  …にゃんにゃにゃ、にゃにゃにゃ、…にゃ……にゃ………、と
帰ってAllstarsw_3いった本日集まったネコたちは見てのとおりじゃっ!

※これは、わたしの友人が送ってくれる 週刊ネコ通信「Cradle」第4号のコピーです。

許可転載です、一応。猫好きの方、コメントください。

2006年6月 3日 (土)

もうひとつの別の…>5/27/2006・k315

 マツモトレコードの閉店を惜しむ声は多い。しかしそれは、ナイアガラ・レコードの創始者であり、日本の軽音楽界の巨人、大瀧詠一氏の言い回しを借りれば、「(今頃騒動するなら)早く買っておいてくれればよかったのに」である。
 マツレコには、数多くの新人ミュージシャンがやって来たという。地道に地方を回ることが重要な戦略だった時代だとはいえ、結局それはレコード会社のプロモーションの一環でしかなかったのだと思う。
 イギリスのヴァージン・レコードを興したリチャード・ブランソンは、中古レコードの通信販売から、自身のレコード会社を立ち上げ、数多くの話題作を提供し、後世に名を残すアーティストを送り出した。ロンドンという地の利は大きいので、単純な比較は酷だが、そういった方向もあったはずだ。
 もちろん音楽文化は、作品だけで成り立つのではない。それを熱心に繰り返し聴いて、大切にする人たちが作り出すものである。しかし移り気な消費者に対して、常に送り手であり続けることもまた、むずかしい。
 タイアップで確実な売上と利益を狙うという手法が、すでに巨大産業化している現在、そうと気づかずに、乗せられている消費者はある意味幸せなのかもしれない。

Then and Now:熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。マツレコについては、以前このブログ(4月16日)に書いたのだが、熊日の「消えた音楽文化の発信地・「マツレコ」レクイエム」という連載を読んで違和感を覚えたので、改めて書いたもの。思い出は美しく、という側面もあるにはあるが、それでは明日に繋がるものがない。ルポライター古田孝氏は、連載をこう結ぶ。「半世紀に及ぶ歴史を刻んできたマツモトレコード―。その軌跡をたどると掛け替えのない音楽文化への功績と、それが確実に消滅していった空洞の大きさを思い知らされるのである」
 しかし、「地域に根ざした固定客づくり」(県レコード商組合の村山組合長)と、音楽文化への貢献とは、いまや別物という気がする。マツレコの開けた穴は、マツレコビルの不動産価値と言い換えてもいいが、下通商店街の問題というだけではないかと思う。

『追憶』のテーマ

 1週間ほど前の雨模様の平日(雨以外の日の方が少ない昨今)、仕事の途中で立ち寄った「水前寺江津湖公園・広木地区」。ちょうど、芝刈りなどの作業中で、きれいになっているところだったし、雨の日は緑が滴るように美しくもあり、で気持ち的にウェットだったのかもしれないが、こういう場所はこういう自然に近い形で、あんまり活用とか考えない方がよろしいなと思った次第。いまでも十分手を入れられているわけだし。

              写真のDscf0068管理棟は、熊本アートポリス(KAP)参加。牛田英作+キャサリン・フィンドレイの設計で、1999年の作品。屋根上には、草が生えていて、というか植えられている。屋根の四隅からは、滲みこんだ余分の 雨水が滴り、その下の小石を敷き詰めた井戸枠を通じて、地下に浸透します。

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