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2006年6月 3日 (土)

もうひとつの別の…>5/27/2006・k315

 マツモトレコードの閉店を惜しむ声は多い。しかしそれは、ナイアガラ・レコードの創始者であり、日本の軽音楽界の巨人、大瀧詠一氏の言い回しを借りれば、「(今頃騒動するなら)早く買っておいてくれればよかったのに」である。
 マツレコには、数多くの新人ミュージシャンがやって来たという。地道に地方を回ることが重要な戦略だった時代だとはいえ、結局それはレコード会社のプロモーションの一環でしかなかったのだと思う。
 イギリスのヴァージン・レコードを興したリチャード・ブランソンは、中古レコードの通信販売から、自身のレコード会社を立ち上げ、数多くの話題作を提供し、後世に名を残すアーティストを送り出した。ロンドンという地の利は大きいので、単純な比較は酷だが、そういった方向もあったはずだ。
 もちろん音楽文化は、作品だけで成り立つのではない。それを熱心に繰り返し聴いて、大切にする人たちが作り出すものである。しかし移り気な消費者に対して、常に送り手であり続けることもまた、むずかしい。
 タイアップで確実な売上と利益を狙うという手法が、すでに巨大産業化している現在、そうと気づかずに、乗せられている消費者はある意味幸せなのかもしれない。

Then and Now:熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。マツレコについては、以前このブログ(4月16日)に書いたのだが、熊日の「消えた音楽文化の発信地・「マツレコ」レクイエム」という連載を読んで違和感を覚えたので、改めて書いたもの。思い出は美しく、という側面もあるにはあるが、それでは明日に繋がるものがない。ルポライター古田孝氏は、連載をこう結ぶ。「半世紀に及ぶ歴史を刻んできたマツモトレコード―。その軌跡をたどると掛け替えのない音楽文化への功績と、それが確実に消滅していった空洞の大きさを思い知らされるのである」
 しかし、「地域に根ざした固定客づくり」(県レコード商組合の村山組合長)と、音楽文化への貢献とは、いまや別物という気がする。マツレコの開けた穴は、マツレコビルの不動産価値と言い換えてもいいが、下通商店街の問題というだけではないかと思う。

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