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読みたい本だな

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2005年5月の5件の記事

2005年5月20日 (金)

「環境と公共性」について考える①~10?/?/1997・k288

 小学生の頃は、本は買って読むものではなく、図書室で借りて読むものだと思っていた。

 30年以上も前のことではあるが、初めて図書室に連れていかれた日のことをほんの少しだけ覚えている。小学校にいる間に、木造校舎は鉄筋コンクリートの3階建てに変わったが、その校舎も今はない。鉄筋コンクリートの建物は100年はもつと当時聞かされたものだが、その頃身のまわりに100年建っているコンクリート造の建造物はなかったわけだし、一事が万事、未来は限りなく広がっていると考えられていたのだから、それを私たちに得意気に語った校長先生に責任はない。

 もちろん、その新校舎が30年も実際には使われなかったのは別問題であり、そこには「もったいない」という考えはあっても、不変不朽と言われるものほど、生活環境の急激な変化について行けなかったに違いない。
「まちづくり」とか「都市計画」を扱った本を何冊か借りて読んでいて、この本に行き当たったわけだが、「環境」と「公共性」の問題は、とても1冊の本で語り尽くされるものではない。引用される文献の数多さは、事の深刻さを物語るものかもしれない。

 しかし、これだけの書物があることを私だって知らなかったし、おそらくこれを読んでいる人も少ないことだろう。

「環境と公共性」について考える②~10?/?/1997・k287

 というわけで、「規制緩和」は自分たちを幸せにしてくれると単純に思いこんでいる人はいないだろうが、経済政策・景気対策としての規制緩和の先には、社会的損失が横たわっているかもしれないということは覚えておいていいだろう。

 自分の仕事に追われたり、生活にかまけたりして読書する時間も持とうとしないことが「環境の悪化」に拍車をかけている、というのは私の意見です。本を読んだら議論もしたい、これは私の願いです。

「まちづくり」は「ひとづくり」とはよく言われることだが、「ひとづくり」とはいっても結局、本人の自覚がなければ始まらない。
 だが実際には、たとえばこの本が再び手に取られることすら、向こう5年ぐらいないかもしれない。一生かかっても読みきれないくらいの本が図書館にはあるから、振り向かれない本だってあるのも不思議ではないとも思う。

 それでもなお、本を読んで考えるということは私たちの義務でもある。楽しみで読むことも大いに結構だが、読まなくちゃいけないものだという意識も多くの人に持ってもらいたいものだ。

              家木成夫著  日本経済評論社
 
Then and Now:平成9年度合志町図書館の作品募集に応募したもの。この尊大な物言いは何だろう。それに持って回った言い方。公共工事に関係する建設会社に勤めていたので、ストレートに書けない部分もあったのだが。「環境と公共性」の何が書かれているのか、まったく触れてないのは、内容を要約する手間を惜しんだのだ。
0:46 2005/05/20

2005年5月 5日 (木)

「感動」と村上春樹・上~10?/?/1996・k286

 私は村上春樹が大好きである。無論、男性として好きなのではなく、物の考え方、とらえ方の共感者なのである。

 もともと彼の書く小説よりエッセイを先に読んでファンになったもので、安西水丸氏との共作である「村上朝日堂」を読むためだけに、毎週県庁の地下売店で週刊朝日を買っているぐらいだ。

 ところで、「感動」というのは個人差があるのかもしれないが、私の場合、時の流れと共に何にどのように感動したかという具体的な事柄よりも「感動した自分に対する感動」という正に「感動」という言葉あるいは記憶だけが、胸の奥の方に積み重なって残っていくような気がする。年を経るごとに、この気持ちは強くなっていくようで、逆に「物事に感動しない自分」が次第に大きくなってることに気づく。

 話を村上春樹に戻すと、私が確かに彼を小説家として意識したのは、彼が自作『羊をめぐる冒険』について語っているのを雑誌か何かで読んでからだ。彼はこの小説を書きながら、おしまいの方で、自分で感極まって涙あふれてしまったらしい。そして私はその話に感動して、無性にその小説を読みたくなった。もちろん私も泣くためにである。

 後で知ったことだが、村上氏は現代アメリカの元超人気作家カート・ヴォネガットのファンであったらしい。私も流行物には目がない方なので、学生の頃には同様にヴォネガットに夢中だった。特に『チャンピオンたちの朝食』をペーパーバックで読み明かした早朝、降り積む雪の中で主人公がひとり寂しく、天に召されていく様を思い、涙したことは忘れ得ない。泣けてきた自分に私は感動していた。

 というような「感動」と「涙」のキャッチボールというか、フィードバックというか、つまりそういう時空を超えた応酬が、今なお見知らぬ二人であるところの村上氏と私にあったことは誰も知らないだろうから、ここに記す。

「感動」と村上春樹・中~10?/?/1996・k285

 しかし正直言って『羊をめぐる冒険』は期待が大きすぎた分、思ったほどは泣けなかった。もちろんそれは作品の責任ではない。それでも私は氏の描く世界にその頃からズブズブとハマッてしまって行ってしまった。

 言いかえれば、生まれつき小生物好きの3月生まれだもので、多分これはブレイクアウトする小説家であることを、直感的に感じとっていたのだろう。

 どちらかと言えば私は「感動」する人というより「感」情が、ただ「激」しやすいというだけの恐るべき傍迷惑な人間だと自分で思う。だが、物事に対する知覚に関しては、ときとして鋭いこともあるような気もする。

『ノルウェイの森』が超ベストセラーになったとき、天才バカボンのパパのように「これでいいのだ」と納得して、毎週ベストセラー・チャートの上がり下がりを、まるで講談社の重役のように目を細めてながめていた自分が、つい昨日のことのように、今思い出された。

『ノルウェイの森』はもちろん、あのビートルズの有名曲であるが、元ビートルフリークとして書かせてもらうなら、あの曲は今は亡きジョン・レノンが、オノ・ヨーコに出会った当時のことをうたった歌であり、村上春樹氏に引き寄せて言うなら、あの小説こそビートルズの『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』という一般に音楽的評価の高いアルバムと、ソニーのウォークマンがなかったならば書かれなかったであろう、というと極端だが、少なくとも多少形が変わっていたであろうという作品なのである。

「感動」と村上春樹・下~10?/?/1996・k284

 そしてまったく個人的な話で恐縮ですが、私の長男が妻のお腹の中で、生命の進化を魚から鳥へとたどっていた頃、むさぼるように読書に明け暮れていた妻が、私より先に読み終えてしまって、結末をいじわるにも私に教示した小説が、この『ノルウェイの森』でした。

 話はここらで、次第に村上春樹からビートルズへと移っていくが、この『ノルウェイの森』という曲、サブタイトルが確か「そして鳥は飛んでった」というふうになっている。

 お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、昨年発表された化石の発掘保存みたいな、ビートルズの新曲のタイトルが「フリー・アズ・ア・バード」。因果は巡るというか、我ながら実に見事なこじつけである。

 ついでに一言付け加えさせてもらうなら、流行の先取りに敏感な私が断言する。おそらくこれから向こう1年の内に、図書館は最もトレンディーなスポットになるであろうことを。
 世紀末とは良くも悪しくもそういうものだと私は思う。

Then and Now:平成8年度、合志町図書館開館1周年を記念した作品募集に応募して、作品集に掲載されたものを、文節など少し手直しして、ここに掲載した。
泣ける自分に感動する症候群は、数年後世間に認められた。昨年は『世界の中心で、愛をさけぶ』が、小説・映画共に(おまけにテレビドラマも)大ヒットして、ひとつのトレンドが終焉に向かっていることを証明した。
当時は、臆面もなくこういう鼻持ちならない文章が書けたのだから、私も今より十分に青かったのだ。客観的に読むと、目のつけどころは結構鋭いと自分で思う。
図書館ブームは、最後の箱物として、近隣の町に立派な図書館が作られるという形で、多少は現実になった。そこには平成の大合併という陰の力が働いていたかもしれないが、長い目で見れば、いい機会だったと言えるようになるだろう。
この機会に付け加えるなら、私の永遠の図書館像は、資生堂のCM「ゆれるまなざし」に描かれている。少年役佐藤祐介君は、いま何をやってるんだろう。

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