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読みたい本だな

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2005年1月の10件の記事

2005年1月30日 (日)

聞こえる「戦後政治の語り部」の声~5/22/2004 ・k273

 お年寄りの話を聞くのが好きだ。自慢話も失敗談も幾度となく語られたために、それなりに洗練されている。本紙に連載された松野頼三さんの「わたしを語る」では、生々しいはずの政界の裏話ですら、「昔むかし、あるところに・・・」といった、お伽噺の雰囲気が感じられた。

 松野さんの耳目を通して見聞きされ、実際に体験されたことであっても、時間のフィルターがかかり、やはり角が取れてくるのが記憶というもののような気がする。

 歴史は、語り継がれることにより、整理されて行く。事実は複雑で、一人や二人の話で表現し尽くされるものではないことは承知の上で、それでも年輩の方の体験談には、耳を傾けるだけの価値があると私は思う。

 いずれにせよ、われわれには「いま」と、「これから」しかない。「一寸先は闇」なのは政界に限らないし、闇に包まれる人もいれば、光を見る人もいるだろう。

 私が小学4年生のときに急死した祖父の葬儀の日、焼香を済ませ、ソフト帽を抑えながら、風のように去って行かれた松野さんの姿を覚えているが、村長だった祖父のイメージと区別がつかないおぼろげな思い出である。

Then and Now : 平成16年5月29日付熊本日日新聞「読者のひろば」掲載。われながら、よく書けた。書こうと思えば、書けるんだけど、HPの方が楽しいっていう、これ症候群ですかね。「深く」ではなく、「広く」に傾倒しがちな毎日です。この文章、よく読めば、批判的な気持がわかっていただけると思うんだけど、直球がすべてでもないので...

2005年1月29日 (土)

そこにはただ風が吹いているだけ~1/14/2002・k272

 日本の警察官が、安全保障上危険な、中国要人を失脚させるために中国に単身乗り込み、海上自衛隊の潜水艦で救出される、という荒唐無稽な話の底に、情報社会の不気味さがある。

 敵と味方の区別がつけにくいのは、そこに歴史という時間の流れが絡んできて、それぞれの立場が、そよ風にゆれるモビールのように入れ替わるからだ。

 しかし、それも事が身近に及べば、話はまったく違ってくる。守るべき家族を襲撃され、部下を殺害された主人公、峰岸智之44歳、体重80kg。利用していたつもりが操られていた、と思っていたら、実はアレがこうして、コレがそうならなくての権謀術数と疑心暗鬼の数々。
 それでもやっぱり、信頼が絆であると信じていたい。だがそれも...

 読後、自分には何のやましい所もないと思っていた人でも、尾行されていないか、つい後ろを振り返ってしまいそうになるだろう。

      『ZERO』
        麻生幾著 幻冬舎刊
         上巻1800円 下巻1900円

Then and Now : タイトルは、シューベルツのヒット曲「風」の一節です。作詞は北山修。いま思い浮かべると、あまりの牧歌調にびっくりする。時代であった。人口が少なかったせいだろうか。しかし、団塊の世代の青春でもある。いつも背伸びをして、そういう兄貴姉貴の聞く歌を聞いていた気がする。
とはいえ、気持ち的にも、ぴったりに感じられたものだ。2007年には、その団塊の世代の退職がピークとなるらしい。
熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。

2005年1月22日 (土)

週刊クンタキンヤ~1/12/2002・k271

 静電気でお困りの方の話が載ってましたけど、私も車に乗り降りするたびに、バチバチケッケ(古い!)で弱っています。自称「静電気男」です。

 その昔、アナログ・レコードを、クリーナーで拭くたびに、A面がきれいになると、B面にホコリが集まるので、たいへん困っていたのですが、1年ほど前、何かで、静電気を起こしやすい体質があると知り、納得が行きました。

 そこで、体質改善で被害を少なく出来るらしいのですが、詳しくは知りません。役に立たない情報でございました。

Then and Now : 「すぱいす・ほっと」不採用。二男が、特に静電気体質を受け継いでいるらしく、乾燥肌の頬っぺたに、私がETみたいに、人差し指を近づけると、5ミリ位のところで、青白い電流が走ったことがあった。かなり、可笑しかった。親子を実感した2000ボルト(かどうかは知らないが)でした。

2005年1月15日 (土)

さらば、「私にも言わせて」~1/1/2002・k270

 評判のいい映画を見るというのは、安心なようでいて、実は冒険でもある。過剰な期待が出来上がってしまっているので、並の出来では「面白くない」になってしまう。

 この『スパイ・ゲーム』に今ひとつ乗り切れないまま、どこが私を「大満足」させなかったのか、考えてみた。レッドフォードが主演しているんだから、CIAの描き方にポイントがあるはずだ。

 いくら内部にいた人間がやることだと言っても、偽造した命令文書が通ってしまう穴だらけの管理体制というのは、だからテロリストに出し抜かれたのだ、というよりも、真の正義を規定することの、またそれを求めることのむずかしさを描いているのだと思う。

 ブラッド・ピット演じる元部下との絆ってのが、あまり熱く感じられないのは、所詮、人間らしさを捨てることからしか、エージェントの仕事が始まらないからだろう。

Then and Now : 平成14年1月11日付熊本日日新聞夕刊「私にも言わせて」掲載。筆名:ムーンライター。最終回になって、やっと担当の宮崎さんに採用してもらった。うれしかったです。

2005年1月 9日 (日)

ナチュラリィ~1/1/2002・k269

 最近つくづく思うのは、川の本来の美しさと治水とは、相反するものではないかということです。

 白川の小磧橋から下流は、橋を渡るとき(明午橋、子飼橋なども含めて)、よく目にするのですが、通常流れる川の水の少なさに驚きます。

 大雨のときに、増水した川の水を、海まで一気に流すのが治水ですから、普段は水位が低いのが当り前。

 でも、もうそれは川と呼ぶのがむずかしいくらい、中洲部分とか草の生えた所の方が広い。

 堤防部分の高さが、いやに目立ってしまって、あれで川に親しむなんてのは、虚偽以外の何物でもないと思います。

 しかし、これはある意味、仕方がないことであるのも承知しています。河川改修というのは、手をつけたら、途中でやめることの出来ない事業だからです。

 弱いところ(未改修部分)を攻めるのは、川に意思があるからではない、それが自然だからです。

Then and Now : 「ハンド・トゥ・ランド」読者欄、不採用。同様投書を書いた記憶もあるのだが。ひょっとすると、「晴れ永遠」に以前載せたのかも。10年以上前だと思うが、白川のもっと上流の鳥子川橋(そんな名前だったような)の際で、法長5mほどの護岸のブロック積みが、未改修の部分から回り込んだと見られる濁流の水圧で、擁壁の形のまま、ものの見事に前方に倒れていたのを目撃して、実感したことが元になっています。

2005年1月 8日 (土)

使われなかった人生~12/24/2001・k268

 若くして病死した女性が、生前、娘に当てて録音したテープを起した話という筋立てになっている。

 その女性、四条直美の結婚前の恋愛に関するエピソードは、彼女がホステスをやっていた大阪万博が舞台になっているので、当時中学3年生だった私にも、とても懐かしく感じられた。

 背伸びしていた私があこがれていた世界が、回想で描かれる。それを読むことで体験するという至福のひとときが持てた。

 23歳の直美の恋人であった臼井と、彼女の義理の息子である語り手が出会う場面がすごくいい。
 沢木耕太郎さんの言う「使われなかった人生」の存在が、男たちにとって思い出以上でも以下でもなく、かといってもちろん軽いはずはない。そのことが「まあまあです」「まあまあだね」という会話にさりげなく滲む。

 女性心理の描写も巧みだと思ったが、男同士の、亡くなった女性を巡って交差する思いと、現実を受け容れる姿は、さらに爽やかだった。

      『水曜の朝、午前三時』
         蓮見圭一著
        新潮社刊 1400円

Then and Now : 平成13年12月30日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。改めて、原文を読み返すと、その読みにくさに閉口する。そこで、新聞のスクラップを読んでみたら、実にうまく書き換えてある。前にも書いたことがあったが、編集の妙。でも、そのままだと、著作権もあるだろうし、くやしいので、自分なりに書き直した。俳優の児玉清さんは、読書家で有名だが、確か氏が泣けた小説というふれ込みだったように思う。
それにしても、この程度の文章が採用されていた当時と較べて、最近の「私の3つ星」投稿のレベルの高さよ。自分が、このところ没続きなので、言ってるわけではありませんが。
蛇足ながら、タイトルは、サイモンとガーファンクルの同名曲から取られたのだろう。でも、直感的にビートルズの「シーズ・リーヴィング・ホーム」の中の「水曜の朝午前5時/一日のはじまり~」という歌いだしを思い出した。著者の次の作品は『ラジオ・エチオピア』、その次が『空色のクレヨン』になるのかな。
前者は、パティ・スミスのアルバム・タイトルで、後者は、ひらがなカタカナの違いはあるが、はっぴいえんど、か。U~m

2005年1月 6日 (木)

表彰状 ~6?/?/2004・k267

表彰状

    作品 「 人集う、風は海から 」

あなたの作品は第17回熊本県民文化祭キャッチフレーズ大賞に選ばれましたのでその栄誉をたたえこれを賞します。

平成16年10月23日

第17回県民文化祭八代、水俣、葦北郡市実行委員会

会長中島隆利

Then and Now : 毎年、行われている県民文化祭。そして、キャッチフレーズ募集も毎年やってると思うが、多分初めての応募。採用はされなかったが、県の担当者から電話があり、次点だったとのこと。副賞10,000円を頂きました。賞状は、昨年11月に送られてきたのですが、用紙の天地が逆になっていたことは、担当の方が可哀想なので、黙っています。キャッチフレーズは、不得意というか、結構参加しているのだが、主催者と趣味が合わずに、これまで、陽の目を見たことがありません。
次点でも、私的にはすごいと思う。

2005年1月 4日 (火)

まず親が本を読むこと~12/22/2001・k266

 中教審の教育制度分科会が「本を読む子ども」を育てるべきとの答申案をまとめたそうだ。これについて、わが家を参考に申し上げるなら、まず親が本を読むというのが、一番の近道であるということだ。

 長男がお腹にいたとき、妻は持て余した時間を読書で過ごし、その延長で、子どもへの読み聞かせも自然の流れとなったようだ。

 仕事で疲れて帰ってきた私までが、何で子どもに絵本を読んでやらなくてはいけないのかと、最初は思っていたのだが、正直言って嫌々ながらでも、読み聞かせを始めたことを、今では心底よかったと思うことが出来る。

 なぜなら、親の自分も年を取ってくるが、子どもも成長して、読んでやろうかと言っても断られるようになる。だからこそ、体を寄せ合って同じ絵本を開いていたころの思い出が、本当に宝物のように思える。

 妻や私は、今自分の読みたい本を、自分のために読む。読み聞かせが役に立ったのかどうかはわからない。だが、二人の息子たちは、よく本を読み、それぞれに読書の世界に入り込むようになった。何がそんなに夢中にさせるのか聞いてみたいくらいだが、親が本を読む姿が、よほど楽しく見えていたのだろう。

Then and Now : これは、前にも書いたことだけど、妻が妊娠中に読んでいた本には、村上春樹の『ノルウェーの森』があった。内容は覚えてないけど、時代を感じさせますね。例えば、昨年のベストセラー『世界の中心で、愛をさけぶ』を読んだ新米ママが、日本中にいっぱいいたと思います。息子や娘が高校生になったとき、世界はどんな風になってるんでしょうね。
 殺さなくても人は死ぬ。スマトラ沖地震・津波で亡くなった人の数が、15万人を超えるだろうという新聞記事に、長男は「20万人は、行かないよね。でももう、それがただの数字になってる(としか考えられない)自分が怖い」とつぶやいた。父は内心うれしかった。
 平成14年1月6日付熊本日日新聞「読者のひろば」掲載。

週刊クンタキンヤ~12/22/2001・k265

 結婚するとき、寒い晩は、ぼくが湯たんぽになってあげると約束したのだったが、年とともに、足が冷えるようになって使えなくなりました。 

 そこで妻は、ペットボトルにお風呂のお湯をつめて、ふとんに入れておくんですね。これが、丁度よい暖かさで、心地良いんですが、私には触れさせてくれません。

 自分で作れば、と言われれば、確かにそうなんだけど、忍び寄る老いを自覚したくないというか、やせがまんというか、ハエみたいに足をこすり合わせています。

Then and Now : 平成14年1月19日「すぱいす・ほっと」掲載。うまいね、自分で思う。伊丹十三さんみたい。そしてこれが、すぱいすに載った最後の投稿です。私のすぱいすdays、佳き日々でした。

2005年1月 3日 (月)

同窓であること~12/?/2001・k264

 熊本の人は、すぐに出身高校を聞きたがると言われる。この出身高校の話題を、何で初対面の人としなくてはいけないのか、変だ、どうでもいいことなんじゃないかと思う人もいるらしい。

 確かに長い人生の中でのわずか3年間を過ごしただけなのだが、青春時代のことだから、密度が濃いと言えるのではないか。中にはろくな思い出がないという人もいるかもしれないから、懐かしく思い出せるというだけで幸せなことだと思う。

 だから、先輩と聞けば、よろしくお願いしますとすがりつき、後輩と知り合えば、いつか君の手助けが出来るようになるために、私もがんばろうと決意を新たにする。

 世代は違っても、みんなあのイチョウの樹の下を歩いたのかと思うと、やはり他人とは思えなくなってくる。私は相手の出身高校を訊ねることはしないが、自分から大津高校卒業であることを述べる。話のきっかけになることもあるし、そうでないときもある。

 私の在学中には、校舎の東側に大きなポプラの木が、4~5本立っていて、夏の陽光にきらめく姿が印象的だったものだが、安全上の理由からか、切られてしまった。私にとっては最も美しい風景のひとつだったので、それを覚えている人と、その思いを共有出来たらいいなと願いながら、これを書きました。

Then and Now : 大津高校の同窓会名簿に寄せた文章。同様の投書を熊日に送ったこともある。これは、掲載されることが確実だったので、ちょっと読みにくいなあと反省。

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