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2004年12月の25件の記事

2004年12月30日 (木)

TVドラマ『スタアの恋』~12/13/2001・k263

 日本のテレビドラマが、映画のパクリをやるのは今に始まったことではない。しかし、似て非なる、別の展開を見せてくれるところに、わが国の加工貿易の伝統が生きていると言える。

 そこで『スタアの恋』。おそらく「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ」という曲を「スタア~」と読みかえたときに、このドラマはスタートしたのだろう。

 映画『ノッティングヒルの恋人』を下敷にしたと指摘するのはたやすいが、藤原紀香演じるヒカル子が、雲の上のスターから、生の人間の感覚に近づいてくるところ、これ実はSF映画の古典『惑星ソラリス』で、ソラリスの海が人間の潜在意識から、ダミーを作り上げるが、そのダミーが自分自身の存在に疑問を持ち始めるという件を思わせる。

 あるいは『ブレードランナー』のレプリカントか。そういえば、ヒカル子もドラマの中でSF映画に出てました。

Then and Now : 熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。本当に、TVドラマって後々まで覚えていないもんだな。ちょっと前から、TVドラマもビデオ化されるようになったので、もう一度まとめて見てみよう、と思わないじゃないけど、例によって思うだけ。その流され具合がTVってものだろう。

2004年12月28日 (火)

カスバの女、ニコール。映画『ムーラン・ルージュ』~11/27/2001・k262

 ムーラン・ルージュでマハラジャの話というのは、どういう関係なんだろうと思ってたら、オーストラリア出身の、この監督が、インド映画のファンらしいということを、後で知った。

 往年のヒット曲のツギハギといい、めまぐるしいカットの連続といい、デジタル技術が「思考」そのものを変えてしまう時代になったなと、つくづく思う。

 面白いという人と、そうでない人が極端に違うというのも、この映画の持つ魅力の証明かもしれない。エルトン・ジョンのファンとしては、「ユア・ソング」が効果的に使われていたので、小さいことにこだわらずに「世界中の皆に伝えてまわりたい、君が生きている限り、人生は素晴らしい」と。

 でもヒロインのニコル・キッドマンの死が妙にリアルで、この世はやっぱりファンタジイじゃないんだっていう冷たさがあると思う。それが許せるかどうかが評価の分かれ目?

Then and Now : 熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。その「ユア・ソング」のサビの終わりのところの歌詞を、この映画では入れ替えてあった。確か  While you're in the world が、 When~ になっていたと思います。

2004年12月27日 (月)

週刊クンタキンヤ~11/30/2001・k261

 ジョージ・ハリスンが静かに息を引き取ったころ、私は車を走らせながら、丁度ビートルズの「ウィズイン・ユー・ウィザウト・ユー」を聞いていた。あとで、インターネットの速報でジョージの訃報を知り、ついにその日が来たことを実感した。

 どこからもれるのか知らないが、7日ほど前「あと1週間の命」というニュースが流れていたジョージ・ハリスン。新作が完成されなかったとしたら、心残りだっただろう。

 アメリカのある年代以上の人にとって、ケネディ兄弟がそれぞれ暗殺されたとき、どこで何をしていたかが、いつまでも話題になるように、ビートルズのメンバーの死は、いつまでも記憶に残るだろう。私たちの世代が誰もいなくなるまで。
 それでもサウンドは残る、多分。

Then and Now : 「すぱいす・ほっと」不採用。ケネディ兄弟暗殺時にどこで何をしていたかについては、ジーン・ハックマン主演の映画『ナイト・ムーブズ』に出てくるセリフ。しかし、その後明らかになった事実からは、ジョン・F・ケネディが、ベトナム戦争の泥沼化の原因を作ったことがわかり、リンドン・ジョンソンは、みーんなケネディが悪いと言ってたそうだ。
それはそうと、私はあまり良いビートルズ・ファンではないので、完成されていたジョージの遺作をまだ聞いたことがありません。

週刊クンタキンヤ~11/24/2001・k260

 映画にまつわる色んな話を聞く集まり「シネ・カレッジ」。11月の講師は、池﨑一郎さんで、フランス映画と料理がテーマでした。

 イブ・モンタン主演の『ギャルソン』では、パリのビストロの窓際の様子が、いかに映画によく描き出されているか、とか、細かい表現まで重要な意味を持っていることなど、ビデオをテキストに、こんなに楽しい勉強が出来るのも、映画の魅力のひとつなんだと実感しました。

 池﨑さんの喋りも、流暢というのではないんですが、予期せぬジョークがあったりして、エッセイとはまた違った味わいがありました。

Then and Now : これも「すぱいす・ほっと」不採用です。池﨑一郎さんは、すぱいすにエッセイを連載していたことがあり、後に美しい単行本になりました。前回の衆議院議員選挙に民主党公認で出馬されたけど、残念ながら落選。蘇陽町で元気に暮らしていらっしゃることと思います。

週刊クンタキンヤ~11/19/2001・k259

 長男ヨウヘイ(中1)が、ある日突然、正月にギターを買っていいかと聞いた。まさかと思ったら、いきなりエレキ・ギターだという。

 野球しか頭にないと思っていたのに、いったいどういう風の吹き回しだろう。ミュージシャンを目指しそこなった父は、内心小躍りして喜んだ。

「ギターは買わなくてよい。お父さんのフェンダー・テレキャスターを使いなさい。今、友だちの所に行ってるけど、確か中古で10万はした代物だ」

 妻は成績を下げないことを条件にバンドをやってよいと言ったらしい。ウーム、私の場合、英語だけは出来るようになったが、他は自信がない。

 GLAYみたいになれたら、成績なんて関係ないと思うが、おそらくインディアン・サマーのはかない夢になるだろう。

Then and Now : あれから3年、本当に儚い夢であった。今でも、友だちに借りっぱなしのギターを、たまに爪弾く高1の息子は、いる。だが、成績は、これ以上、下がないぐらいのところだし、ま、それはいいとして、携帯以外に何もないという感じ。最近、新しい彼女と付き合い始めたが、それが勉強に向う力とはなっていないようだし、息子といってもまったく、別の人格ですからー、と波田陽区みたいな口調になりがちな昨今です。

2004年12月26日 (日)

週刊クンタキンヤ~10/28/2001・k258

 椅子の話といえば、熊本市で開催された路面電車サミット。そのとき試乗させてもらったアメリカ製の車椅子。私はそのすわり心地の良さに、本当に感動しました。4つの車輪それぞれにサスペンションがついているので、吸い込まれるような感触でした。

 もともとバスケットボール用の車椅子メーカーだそうで、まあちょっと高価なのが難ですが。

 ところで、映画の話題で楽しく過ごす「シネカレッジ」。11月は、池﨑一郎さんを講師に迎えて、20日火曜日午後7時より、産文会館で行われます。
 会費1,000円です。お出かけ下さい。

Then and Now : 「すぱいす・ほっと」不採用。事を起すには、いろんな要素が必要で、たくさんの人たちの思いが、ひとつになることで、実現する。ひとつと言っても、完全に一体化するというわけではなく、そこそこに協力する人の方が多いのだろうけど。私も大抵の場合、そのそこそこ組なのだが、当時は、ほんとあちこち出入りしていたものだ。

2004年12月24日 (金)

長男と草取~9?/?/2001・k257

 自治会の公園清掃の前日、中学1年の長男に「明日、一緒に公園の草取をするか」と聞いたところ、「うん」と思いもよらぬ言葉が返って来た。翌朝7時から、町内の方々に混じって、中学生はひとり。私のすぐそばで、何くれとなく会話しながら、かまで草を刈った。

 自分があまり成長していないのか、親子というより、兄弟で作業をしている感じがした。息子の方が、私に追いついてくるのかもしれない。

Then and Now : 熊本日日新聞「ブランコ」不採用。帰らざる日々。否、いつか帰ってくる日もあると、信じよう。

「雪」にまつわるエピソード~雪の降らないクリスマス・イブ~1?/?/2003・k256

曲 名  クリスマス・イブ
歌手名  山下達郎

 結婚した年の初めてのクリスマス。
当時住んでいた市営団地の5階の我が家で二人だけで過ごした。

どんなご馳走を食べたかは忘れたけれど、山下達郎の「クリスマス・イブ」を聞きながら、ワインを飲んだ。

 まだ、CDが普及していない頃で、そのEP盤は、独身の時に買ったものだった。曲自体もまだCMに使われる前で、それほど有名ではなかった。小さくてもずしりと重かったコンポーネント・ステレオのプレーヤーをリピートにセットして、何度も繰り返し聞いた。

 熊本のことを鹿児島や宮崎みたいに南国だと思っている人は多い。しかし、大方は内陸性の気候で、阿蘇を除いて雪はあまり降らないが、とにかく冬は寒い。しんしんと冷え込んでいくクリスマス・イブの夜。妻はそのうちウトウトしはじめたが、その夜の私は、私にしては珍しく酔っても眠くならなかった。

 歌のように雨が雪に変わることはとても望めなかったけれど、私の胸にはなんだかわけもなく、熱いものがこみ上げてきた。

 ただ、飲み過ぎただけかもしれなかったけれど、こんなに幸せでいいのだろうかと、涙があふれてきたことを覚えている。

 それからは、結婚を後悔したときにひそかに思い出すことにしている私のエピソードのひとつとなった。もちろん、妻はすやすやと寝入っていたので、知る由もないことだ。


Then and Now : 「週刊ポスト」平成15年3月28日号の「重松清のちくメロ放送局」に採用されて、重松氏が、このエピソードをもとに短編を書いてくれた。いつか、短編集に収められるかと期待していたが、いかんせん、この手の話は、氏にとって手馴れすぎて、一読者としても新味に欠ける。出版されることは望み薄だろう。でもまあ、ちょっとは心温まるクリスマスのお話かなと、ここにオリジナル・テキストを収録。

映画『ロック・スター』~10?/?/2001・k255

 別に悲劇ってわけでもないのに見ているうちに、なんか泣けてくる。これがロックというやつの怖さなのだろう。一度取りつかれると、どんな道に進もうと、もう二度とその魔力から逃れられない。

 有名バンドのコピーばかりやって、それに満足していた主人公が、ひょんなことから、そのバンドのボーカルにスカウトされる。

 時は80年代、ヘビーメタルがビッグビジネスに成長した頃。その華麗でインモラルな舞台裏をさらりと描きながら、サクセスを一度は手に入れた青年が、真の愛と、自分が本当にやりたい音楽を求めて、栄光の座を捨てるというアメリカ芸能映画の様式を見事に踏襲している。

 それでもロックが好きなんだという中年諸氏。ほんと、身につまされて切なくなります。主人公の両親がヘビメタ・ファンだという設定もいいけど、マネージャー氏の存在感はもうリアルを超えて感動的ですらある。

Then and Now : 9.11の影響で、上映自粛になった作品が何本かあって、その代わりに陽の目を見た作品のうちの一本らしい。コンパクトなロック映画。アメリカ映画の貪欲さというか、『あの頃ペニーレインと』という作品が、70年代のロックシーンを描いていたので、それなら80年代で行くかっていう安易さが全編に満ちあふれているんだけど、それがまた面白い。
主人公の恋人が、彼と別れ、一念発起して起業するのが、スターバックスみたいなコーヒー・チェーンというのもアメリカ映画らしい関連付け。

2004年12月23日 (木)

Arteryへの投稿~10/15/2001・k254

 川原亜矢子さんが「私の旅」に登場するなんて、思ってもみませんでしたが、彼女の言葉からは、まさにシンプルながら、豊かな生活というものが浮びあがってくるようです。

 美人なんだけど、コメディーっぽい役もサラリとこなせる素敵な人です。人生を楽しめる人の余裕が演技にも出てくるのでしょう。

 中嶋悟さんのQ&Aにあったハザードランプの件、私も「進路を譲ってくれてありがとう」で使うのは変だとは思うのですが、車同士、声に出せないし、クラクションで「ピッ」とかも、時と場合によってはうるさかったりするし、感謝の念を態度で表わすのはむずかしい。

 ゆずってもらって、会釈も返さないドライバーに「なんだ、アイツは」と思ってしまう、余裕のない私がいることもあるし。

Then and Now : 道路公団のPR誌の読者欄に出したもの。不採用。以前仕事で、官公庁の出先をまわっていたので、ずいぶん色んなPR誌を目にしたものだ。きれいで見やすいがあまり存在価値があるとは思えないものが多い。しかし、なかに一ヶ所ぐらいは、ためになる箇所があるものだ。
一般市民が目にする機会は、限りなく小さいと思われるが、無くしてしまってもいけない。それが広報、プロパガンダの価値(代価履行性)判断のむずかしいところ。
発注先はそれらしい団体名で、天下り先の確保的側面もあったのだろうが。

2004年12月18日 (土)

戦慄のパロパロ~10/10/2001・k253

 アメリカで起きた同時多発テロのせいで、ハリウッド映画が打撃を受けたという。現実の前で、何をフィクションとして作っていいかわからないからという。

 同様に日本では、テレビドラマが最大の被害者のようだ。あの事件がなければ、内幕ものとして結構楽しめたであろう「レッツゴー!永田町」。

 パロディーとして、似せれば似せるだけ、日本の政治の貧困さに寒気がするし、現実はこれから先の世界がどうなるのか、まったくわからなくなって来ているときに、国内の駆け引きにばかり終始している政治家を主人公にして、ギャグのネタにすら、なり得なくなってしまった。
 この厳しさが、3ヵ月後の新しいドラマに、どう反映されるか楽しみだ。

Then and Now : 週刊誌「ザテレビジョン」の「ボイスボックス」不採用。ま、いくら何でもこんな投書が載るわけないと思うでしょう。でも、ジャニーズ系とモー娘。に占拠される前は、業界紙的部分があったのだ、この雑誌にも。今読み返すと、なんのことだか正確にわからないし、本当に3ヵ月後、どうなったのだったか。しかし、諸君、たとえば今日のTV番組表を見れば、自ずとその解答を目にすることになるのではないかな。

週刊クンタキンヤ~10/8/2001・k252

 二男のリョウ(10歳になりました)は、よく本を読みますが、新聞も読みます。主にスポーツ欄なんですが、最近、すぱいすの「ほっと」を読むようになったので、「読むところがふえたよ」とのこと。にやにやしながら、熟読しています。

Then and Now : 「すぱいす・ほっと」不採用。遼は、その後「スタッフ日記」のファンになり、今はちょっと興味を無くしているようだ。しかし、新聞のパズルみたいなものには目がなく、解答を書き込んであるのを見つけると、なんか微笑ましい、中学1年生である。
それから、時事ネタにも強く、今日は「熊本出身の子牛が、BSEでなくてよかったね」と言っていたので、「それより、鳥インフルエンザの方が問題だろ」と私が言うと、「あれは、そんなに心配することはないらしいよ」との返事。安心していいのか!?
合志町で子どもたちが持つことになった防犯ベル、まだもらわないうちから、周波数がいくつ違うと、聞くときには何倍か大きく聞こえるとか、雑学の大家。

本上まなみ写文集『ほんじょの天日干。』読者カード~10/1/2001・k251

1.本書をどこで知りましたか? 
 A.ボムの予告で

2.本書をお求めになった動機は?
 A.本上まなみのファンだから

3.本書の価格はどう思いますか?
 B.ちょうどよい

4.本上まなみのエッセイ集『ほんじょの虫干。』は読みましたか?
 A.読んだ

5.雑誌『ボム』は買ったことがありますか?
 C.ほとんど買わない

6.本書へのご感想をお願いします。

 写真を撮る楽しさ(わくわくする感じ)にあふれ、文章を飾らず、思ったまま感じたままを表現しようとしているんだなーという気持が伝わってきて良いと思います。
「へも」とけんそんしてらっしゃいますが、「へも」はへもでも、ヘモグロビンの「ヘモ」かも。鉄分が多くて、酸素をいっぱい運ぶ元気者のことではないでしょうか。

Then and Now : 抽選で1000名様にプレゼントすると書いてあった特製ポストカード、外れました。

それを誰が教えるか?~1/14/2002・k250

 先日、熊本市花園で、軽ワゴン車が市営バスと衝突する事故があった。収集場所のごみが道路側に膨らんでいたことが、事故の一因であるとの記事を読んで、あくまで私見であるが、思うところを述べたい。

 まず、教習所で習う、運転の基本動作がある。車道上の進行方向側に障害物があった場合、その手前で停止するというものだ。しかし、昨今、対向車の目前をかすめるように追い越してくる車の何と多いことか。

 それぞれに先を急ぐ理由があるかもしれないが、前方に何も障害物がない方が待たされ、本来待機すべき車が、流れに乗って次々と繰り出してくる。こういう初歩的なルールを忘れた運転者が増え、そういう風潮が広まってしまっている現在、事はごみ置き場だけの問題ではない。

 第二に、市営バスの運転手さんの中にも、ちょっと荒っぽくて、はらはらさせられる運転をする人も、実際いる。しかし、それも前記のような身勝手にさらされれば、業務上のストレスも相当なものだろうと同情してしまう。公共交通機関の「公共」の意味を、すべての公道利用者が常に考えていかなくてはいけないと思う。

Then and Now : かなり、むずかしい表現ですね。車を運転していれば、誰もがいつも経験することなのですが、文章にすると、ややこしい。むずかしくしてしまったような気もするけど。
熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。正月明けで、丁度ごみが多く出ていたから、と納得してしまえば、それでお仕舞の事件だったのですが。

NGOは、ノー・グッド?~1/26/2002・k249

 アフガニスタン復興支援会議への、ニッポンの非政府組織(NGO)参加問題は、外相と外務省、それに有力議員が絡むという非常にわかりやすい話へと収束しつつあるようだ。

 過ぎたことをとやかく言っても始まらない。わが国の国際感覚が、まっすぐに出たことなので、多分イメージダウンではなく、「やっぱりね」と多くの地球市民たちが感じただけのことだろう。

 NGOの「非政府」という訳語は、多分間違ってはいないが、人によっては「反政府」あるいは「無政府」的な活動をする団体というイメージを持つのではないか。「NON」という接頭語を「何でも反対」と勘違い、あるいは記憶違いしているのかもしれない。

 そういう言葉尻にとらわれているのは、私だけだと思うが、事の本質はもっと前向きな動きであってほしい。言った言わないの黒白を追いかけるのも最初にそれを報道したマスコミの責任であろうが、決着がつくまで一切ニュースにしないという方針もあっていいと思う。

 受験生諸君は良い機会だから、NGOの本来の定義と活動の意義をしっかり学んでおくように。テストには出ないだろうけど。

Then and Now : 熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。もうすっかり記憶も薄れてきたが、この後、ムネオ問題が出てきたのであった。この時点で、鈴木宗男氏の行状は、一部には周知の事実であったと思う。それから先は、弱味を見つけたら、とことん攻撃するというのがマスコミなので、当然の成行きだ。ま、それで何かが変わる、ということもあるけど、誰かが、相手を蹴落とすためにリークするということも、またありそうなことだ。

2004年12月12日 (日)

生命線を繋ぐのは、俺たちだ!~1/27/2002・k248

 景気が悪いと言いながら、私たちは結構豊かな生活をしていると思う。その暮らしを支えているのが、トラックを主体とした物流の世界である。

 この小説は、いわゆるハイジャック物なのだが、人質が「日本全国の物流」そのもの、という壮大なスケールである。読み進むうちにに運送業界の慣行や流通の仕組がよくわかってくる。安くて良い物が買えるのは、ありがたいことだが、そのしわ寄せは、それを運ぶ運転手たちの過酷な労働に及ぶ。

 北海道から九州まで、伝説の大型トラックが50トンもの謎の荷を積んで、ひた走る。彼女を守り、誘導するのは同業のトラッカーたちである。普段、物言わぬ彼らが、違法なCB無線という手段を使うとはいえ、連帯の輪を拡げる様は、不気味さと同時に共感も得ることだろう。

 それにしても、物流という生活線(ライフライン)の何と頼りないこと。いわゆる「生活者」への静かな警告にもなっているようだ。

       『漂流トラック』
         安東能明著 新潮社刊 1900円
 
Then and Now : 熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。プロット自体はすごく魅力的だけど、小説としては、起伏に乏しい。ただ、逆に重量級の超過積載トラックが暴走する、重々しさは伝わってくる。
以前、工場で出荷係をしていたことで、物流の重要性、その割りに報われない現場というのを身をもって知っているので、言いたいことはよくわかった。
特に年末は、物資も滞りがちで、渋滞もひどい。国民の皆様、ご理解ください。快適な生活の根底には、日夜走り続けるトラック・ドライバーたちが、数多くいることを。

チャイルド・ルーム~2/10/2002・k247

 新しく出来た免許センターに開設されたという、幼児をつれて更新時講習が受けられる部屋。
 防音になっていて、他の受講者の邪魔にならないというのは、よくわかるんですが、手のかかる子どもをつれて、その本人が講習に集中できるか、はなはだ疑問です。

 子どもをつれてでないと、免許更新に行けないという状況が、既に問題だとは思います(安心して乳幼児をあずけられる環境が、社会的に整っていない)が、子連れの講習ですむようなら、年間1万人もの交通事故死者は発生していないと、私は思います。

Then and Now : フリーペーパー「リビング熊本」に疑問・意見のコーナーらしきものが出来たので、送ったが、不採用。一見、人に優しい感覚だが、本末転倒というか、大事なことを忘れているという好例でしょう。

2004年12月11日 (土)

当り前が扇情的な世の中~2/11/2002・k246

 書名は、少しセンセーショナルすぎるかもしれない。しかし交通事故は「アクシデント」ではない。世の中の仕組みが、事故の発生を野放しにしてきた。著者は被害者の会の会員へのアンケートを通して「安全意識を持っていないドライバーが多く存在」し、「事故を起すべくして起している」という結論に達する。

 地方においては特に、車は生活必需品であると思われがちだが、“車は玩具”でもある。車のおかげで日本経済は発展してきた。しかし、道路整備の財源不足から、公共交通機関が見直されつつある。地球温暖化防止もまた、その動きに追い風になっている。

 車好きを自認する著者ですら、車を捨てることを真剣に考えざるを得なくなってきたと告白している。少なくとも運転免許が、安全運転を心がけることをいつまでも忘れない人にのみ、与えられる制度になりますように。

         『殺人ドライバー』
           沼澤章著 WAVE出版刊 1600円

Then and Now : 平成14年3月10日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。これだけでは、よくわからないだろうが、車と運転者をめぐる状況は年々悪くなっている。無自覚な人が多いと思わざるを得ない。
実社会で、車を運転するということは、映画のカー・アクションを追体験することとは違う。

TVドラマ「恋するトップレディ」~2/11/2002・k245

「レッツゴー!永田町」から「恋するトップレディ」へと、小泉さんが首相になってから、政治はワイドショーから、ドラマの舞台へと底辺を広げてきたようだ。

 このドラマでは、中谷美紀が亡父の後を継いで市長になる話。中谷美紀って昔は可愛かったんだけどな。本当は「永田町」に出ていた柴咲コウこそが、ピッタリの役どころだったという気がする。柴咲は、中山美穂と中谷美紀の隙間を狙えるタレントなのだ。でも最近お手軽に使われる傾向が出てきていたので、ちょっと出し惜しみをした方が本人のためかも。

 いずれにしても、政治にしても素材としての目新しさだけだから、賞味期限が過ぎれば、ドラマの題材となることはなくなるだろう。

 しかし、それでいいのか諸君。現実を前にしてあきらめる前に、夢とロマンを忘れないでほしい。真実は、それに気づく者が現れるまで、ずっとそこにある。

Then and Now : 熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。だから、熊日の担当者以外で、この文章が他人の目に触れるのは、初めてだということになる。そんな文章に溢れているのが「晴れた日には永遠が見える」なのですが、でもそう考えると、感慨深い。
小泉という人間は、そのわかり易さで、総理大臣になるだけの人気を得たのだと思っていたら、実はたいへんわかりにくい人であった。なぜ、わかりにくいかと言うと、「単純すぎて、逆に掴めない」「一貫性があるようでない」というところにあるようだ。
なんてことを、したり顔で書いたところで、全然自慢になりませんが、この件に関しては、自慢しようと思ってません。珍しく。

2004年12月10日 (金)

わが心の冬美~2/17/2002・k244

 私、水谷豊さんの地方記者シリーズで、奥さん役をしていた頃からの、森口瑤子さんのファンです。
「サラリーマン金太郎3」で、高橋克典さんに向って「キンちゃん」と呼ぶのを聞いて、私は自分が声をかけられたようで、悶絶してしまいました。

 ひっそりと身を引いた冬美さんが私のもとにやってきてくれないか―――とは、危険すぎて、思ってもいませんけど、森口さんには、また別のドラマで艶やかな姿を見せてもらいたいものです。

Then and Now : 雑誌「ザテレビジョン」の「ボイス・ボックス」欄投稿。不採用。いまTBS系で放映中のドラマ「夫婦。」に田村正和氏の浮気相手(というのは可哀想。実に可憐な役)を演じてる羽田美智子さんとイメージ的に似通っているけど、損をしてるのは、森口さんでしょう。

2004年12月 5日 (日)

ハングリー?~9/19/2001・k243

「ハングリー?」と消費者に問うカップめんのCMがあった。この本の題名から、まず思い出したのはそのことだった。「ハングリー」と「ハッピー」は、矢沢永吉を支点にして、両方とも際立つ言葉のように思える。

 ロックで成功しても何かが違う、足りない、もっと喜んでもらえる音楽を作りたいと、制作も自分でやる、興行にも手を出すなど、ビジネスをコントロールする方法を手さぐりで作り上げた男。そして信頼するスタッフに裏切られたことも。

 巨額の金が動く世界で、自分を殺したくないと主張することは、並大抵のツッパリで出来ることではない。

 矢沢が語る言葉が、そのまま活字になって、それを読むとき、耳にあの声と口調が蘇える。汗もつばも飛んで来そうな感じ。臨場感はやはり、ライブで鍛えられているせいか。

 大切なのは、矢沢の人生を見て、ひとりひとりが自分の人生(ストーリー)を生きることに前向きになることだと教えられる。

        『アー・ユー・ハッピー?』
           矢沢永吉著 日経BP社刊 1300円

Then and Now : 熊本日日新聞「私の3つ星」不採用。浜田雅功と槇原敬之の歌う「チキンライス」という曲を、TVで聞いた。松本人志が詞を書いている。いまや高額所得者になってしまった売れっ子芸人が、クリスマスに七面鳥を注文しようとするが、貧乏だったころのことを忘れられずに、「やっぱり、オレ、チキンライスでいいや」と、少し照れくさく、でも謙虚にオーダーする。そういう歌。

私にとって、20世紀クリスマス・ソングの2大傑作は、山下達郎「クリスマス・イブ」とジョン・レノン「ハッピー・クリスマス」です。そして、21世紀枠の候補曲に推したくなったのが、この曲。
貧乏自慢がわざとらしいという意見に対しても、すでに歌詞の中にそれに対する答えを用意している、これぞ、プロの書く曲だ。カラオケで歌いたくはないけど、コーラスは是非やりたい。メインで歌うと多分涙声になるだろうから。

2004年12月 4日 (土)

厚生労働行政モニター報告書~7/2/2002・k242

「国立熊本病院の建替について」

 国立熊本病院の建替が話題になって早1年になる。現地での建替、移転それぞれの意見がしばらく新聞をにぎわせて、確か近隣の町からも誘致話が出ていたように思う。

 そうこうする内にも「現地で建替」の線で計画は進んでいたようで、今年に入ってから明らかになったのは、工事入札が全国的な談合のひとつとなり、延期されたというものであった。

 熊本市は、熊本城の復元工事を続けていて、合同庁舎は移転が確実らしい。そういう状況で熊本病院は、別の大きな総合病院が少し離れた場所に移転して、ますます重要性を増している。

 しかし、建替発表時に問題となった景観への配慮に対する具体的な回答はされていないのではないか。説明責任を果たす前にどうも患者を人質に取っているかのようである。

 私は、満2歳のときに熊本病院で手術を受けたおかげで、虫垂炎が腹膜炎を併発していたにもかかわらず、九死に一生を得た。私の実の弟は3年前の7月、リンパ性白血病で38歳の生涯を、同じ熊本病院で閉じた。感傷主義ではあるが、現在地での建替に異論はない。ないどころか大賛成である。反対する人を説得もしよう。

 しかし、現実には、全体的な計画を提示することなく、なし崩し的に建替は始まってしまうようだ。先日の熊本市議会でもどうなっているのか質問が出ていた。

 熊本市も九州厚生局に対して、具体的な計画、デザイン、地域医療における位置づけ、意気込み等を聞き出さなくてはいけないのに、何もやっていないのかもしれない。

 今からでも遅くはない。坂の上にあることで、交通や歩いて行くことの不便さも指摘されている。熊本県の推進するユニバーサルデザインを協議の場に上げ、決して設計事務所の法的最小限の弱者配慮で終わらないような、素晴らしい病院に生まれ変わることを期待しています。

Then and Now : 当時、建替に興味津々だったのは、建設業界にいたからです。ユニバーサルデザインということばも、この2年でずいぶん普及したようだ。最近は、現地のそばを通ることもないので、どうなっているものやら、つまり普通の人には、自分から求めなければ、情報は来ないということだ。これ、すべてのことに言えるのだけれど。

新生面を読んで~7/18/2002・k241

 結びに「受験生がカネで世間は何とかなるという誤った考えを持つとしたら、・・・」とありますが、おそらく今の受験生の親の世代、あるいはそのまた親の世代が、ひょっとしたら、カネで何とかの手合いだったのかもしれません。
 だから、世の中結構取り返しのつかないことが、蔓延してるのでしょう。

Then and Now : 熊本日日新聞に書き送ったもの。新生面担当者宛で、送ったのだろうか。
だから、どうってことないんだけど、コーナー向けだけではなく、気に障ったことには、一々反応していた頃もあったという証しですか。

「中心街通行量18.6%増加」について~7/20/2002・k240

     平成14年7月13日付熊本日日新聞7面

 地点別で最も増加率が高かったといわれる「テトリア熊本」前は、前回調査が8月であったということより、前回調査時に再開発ビル工事のために解体工事が始まっていたか、建築工事が始まっていて、危険である等の理由で、通行量がすでに通常より激減していたのではなかったかということが考えられると思います。調査して書いているわけではないので、記憶違いかもしれませんが。

 よって、増加率はあまり、当てに出来ないのでは。もちろん肥後銀行水道町支店前が2倍に増えているので、再開発ビルが好影響ではあると思いますが。

Then and Now : これだけでは、何のことかおわかりにならないと思いますが、統計というもの、それを利用しようという立場の人の都合のいいような取り方が出来るということを言いたかったのです。あまり言えてませんが。
これは、熊日編集局に送ったもの。水道町の再開発が鳴り物入りだっただけに、それに対して、当時は懐疑的だった私です。いまは、ただがんばってほしいと思ってます。近くの会社に転職して、あの辺りをよく通るようになったことが大きいですが。

2004年12月 1日 (水)

週刊クンタキンヤ~9/8/2001・k239

 朝起きて、一番にひげを剃る。だいたい午前5時50分頃だ。熱いタオルで蒸して、シェービング・フォームを延ばして、だいたい左の頬から始める。

 ポール・マッカートニーもそうだったから、ひげの濃さが、男性的でかっこいいことに思えていたこともある。若いころ、伸ばしていたこともあるが、かれこれ30年もひげを剃っているのだ。

 夕方になると、朝剃ったひげが、もう目立ってくるようになる。いつの頃からか、頬のあたりが、やけにキラキラするようになってきた。ザラザラのひげに白いものが混じるようになって来たのだ。

 ジョージ・クルーニーもそうだから、年を取るのもそう悪くはないのかもしれない。

Then and Now : 平成13年9月22日「すぱいす・ほっと」掲載。ちょっと、かっこつけすぎ。かっこつけたい年だったんです。あれから、髭はますます、硬く粗くなってきたような気がする。昔は、皮膚が弱かったが、逆剃りをやめたせいか、年を取ったせいか、頑丈になってきた。
蒸しタオルは、相変わらず気持がいいが、髭を剃るのは、面倒になってきた。やっぱり年を取るのは難儀なことだ。

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