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読みたい本だな

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2004年11月の14件の記事

2004年11月28日 (日)

図書館歴~9/8/2001・k238

 小学校の図書室に初めて入ったのは、1年生のときか2年生のときか、よく覚えていない。ちょっと薄暗く、窓だけがやけに明るかったような気がする。

 友だちと二人で「ジャングル・ブック」を大声で音読して注意され、図書室では静かに読書することを教えられたのはその日だった。それから図書室によく行くようになり、司書の先生にはいろいろな本を教えてもらった。本との「幸運な出合い」だったと思う。

 ある日、祖父が出来たばかりの中央公民館の図書室に行こうというので、喜んでついて行ったが、小学校のそれに比べたらずっと小さく、おまけに子どもの読むような本はなかったので、ひどくがっかりしたことを覚えている。

 中学・高校時代はあまり本を読まなかったのが悔やまれる。そのかわりに絵を描いたり、詩を書き日記もたくさん書いたのだが、ほとんど残っていない。そういうものだ。

 今、町には図書館があり、近くの町民センターには図書室がある。その上、地区の公民館には、ボランティアで運営される自治会の図書室もある。実に恵まれた環境だ。

 図書館で本に囲まれて毎日を過ごせるようになりたいものだと思う。現実逃避だろうか。しかしそこでは、真実のかけらがひっそりと、歴史の重みを分かちあいながら、いつか誰かに読まれる日を唯々待っているのだ。

Then and Now : 平成13年9月20日付熊本日日新聞「おとこの目」掲載。今、思い出したことがある。初めて訪れた図書室の印象は強く残っているものの、実際に親しんだのは、学校改築のために移転した北向きのちょっと薄暗い教室の方だった。だから、この文章の「ちょっと薄暗く」というのは、イメージがこんがらかっているかもしれない。

2004年11月26日 (金)

「心を決めたあのことば」~?/?/2001・k237

 あしたのために今日も寝る。

 20年くらい前、私の友人が、私のアパートに泊まった夜、遅くまで話し込んでいた。話の内容は忘れたけど、今でも何か行き詰まると、この一言を思い出して、寝てしまう。明日はまた別の風が吹く。

Then and Now : 角川書店の単行本「心を決めたあのことば3 仕事をがんばるあなたに」に掲載される作品の募集が、ネットを通じて行なわれ、見事入賞した。4054作品の中から、100点ほどが選ばれたのだったと思うが、うれしかった。特に本屋で、手にしたときの喜び。
これくらいの字数だから、うっかりページを飛ばしてしまいそうなものだが、全国の書店に並んでいるかと思うと、感激もひとしおだった。しかし、現在これが掲載された本は持っていません。もう絶版かも。
「明日はまた別の風が吹く」は、ご存知、『風と共に去りぬ』のスカーレットの言葉の意訳で、このサイトのタイトル Another Day とルーツ的には同じですね。気持ち的にも、心が不安定で眠れぬ夜を過ごしていた思春期の自分を、何とか励ました言葉でもある。

2004年11月25日 (木)

私の「東京」は~7/13/2002・k236

 私は、ガソリン・スタンドの有線で桑田佳祐さんの「東京」を初めて聞いた。音響的にはよい状況ではなく、歌詞もほとんど聞きとれなかったにもかかわらず、イントロから、近田さんと同じようにロックを感じた一人です。歌謡曲でありながら、まぎれもないロック。

 桑田氏をほめることが、ほとんどなかった近田さんが、今回どういう評価を下されるのか、それとも無視されるのかと案じていたところ、やはり感動は同じだったようで、「桑田氏をきちんと評価できて、うれしい」と書かれた近田さんの文章を読むことが出来て、そのことが私はうれしかった。

 ところで、この「東京」で私が思い出したのは、ジャッキー吉川とブルー・コメッツの「雨の赤坂」と西田佐知子さんの「アカシヤの雨が止むとき」だった。

Then and Now : これは、「週刊文春」の読者欄に送ったもの。不採用。例えば、「どういう評価を下されるのか」というふうな、私は尊敬語として使っていたつもりだったが、どうも方言らしいということを最近知った。それはそうと、サザンの新曲は、ひどい。たまに、いい曲を出すので、いや逆、たまにひどい曲を発表してしまっても、それが人間らしさという気もするが。
同世代で、同じような曲を聴いて育ったので、共感するものも似通ってくるというお話でした。

2004年11月23日 (火)

『黄泉がえり』あれこれ~9/14/2002・k235

 かねてより噂には聞いていた、梶尾真治さんの小説『黄泉がえり』が、いよいよ映画化されるとのこと、熊本人としては、まずはうれしい限りです。

 SMAPの草彅剛、竹内結子主演で、1月下旬の公開とは、ずいぶん遠慮した上映スケジュールだとは思いますが、ローカル色がどこまで出てくるか、期待と不安が半々です。
 地方性とあか抜けなさが同義だと思い込んでいる制作者だと、中途半端でつまらない作品を作る可能性が大きいからです。

 ひょっとしたら、熊本が舞台にならないということも考えられます。この件に関しては、熊本県のホームページの「知事への提言」に、県としても映画会社に早いうちから働きかけて、フィルム・コミッション的な動きをすべきではないでしょうかと、提案していたのですが、いかがだったでしょうか。

 とはいえ、たとえば宮本武蔵が武蔵塚で黄泉がえったりしたら、大河ドラマとの関係で、絶好のタイミングだなとか、生き返った人たちの住民票問題と、住民基本台帳ネットワークを絡めれば、スパイスの効いた仕上がりになるかもしれないとか、想像しながら公開を待つ日々を楽しく過ごしたいと思っています。

Then and Now : 熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。当時、あの映画があれほどのヒットになるとは思いもしなかった。個人的に、メールで遠方の友人に、鑑賞を呼びかけたり、ことあるごとに(見ないうちから)プロパガンダに励んだものです。いま思うと、それやこれやが懐かしい。
 映画では、県職員という案内役が配されたことで、国と県をつなぐという意味から、この映画のローカルだが、全国に通じるという立ち位置が明確になったと思う。
 プロデュース・チームは、ありきたりになりがちなテーマを、とことん分析し、発展させることによって、非凡な感動と共感を呼ぶことに成功した。

2004年11月21日 (日)

厚生労働行政モニター報告書~9/9/2002・k234

 熊本市在住の作家、梶尾真治氏の小説「黄泉がえり」が、同封の熊本日日新聞の記事のコピーにありますように映画化されることになりました。

 記事によると、SMAPの草彅剛さんが、原作にない役どころで、厚生労働省の役人を演じるとのこと。どういう発想で、厚労省から調査に来るということを思いついたかはわかりませんが、厚労省としては、この機会を利用しない手はないと思います。

 どう転んでも「いい人」以外あり得ない草彅剛というキャラクターに、厚生労働省のイメージを全部おまかせにしてもいいくらいだと思います。

 原作を読まれるとわかりますが、国立熊本病院がかなり重要な場面で、使われることもあるし、今からでは少し遅いかもしれませんが、万が一にも人が「生き返る」という現象が起きたようなときに、厚生労働省は国の機関として、どう対応するのか、今回は熊本が舞台ですので、熊本県や熊本市とはどういう連携を取るのかなど、アドバイスや協力を申し出るべきでしょう、映画会社に。

 現実とは少し違うかもしれないが、映画創作上のリアルさを求めることは、主人公が厚生労働省の役人ということだから、当然ではないでしょうか。

 昨今、フィルム・コミッションといって、現地でロケ撮影等がうまく行くように手配する団体が各地に生まれています。役所にも新しい意味での広報が必要かもしれません。

 厚生労働省という名前を聞いて、良いイメージを抱く人から、悪いイメージを抱く人を差し引いた数値は、おそらくマイナスでありましょう。もちろん、人の抱くイメージというのは裏づけのない無責任なものだとは思います。

 しかし、だからこそ、より真実に近い、がんばっている姿勢を様々な形で打ち出すべきだと私は思います。

Then and Now : 草彅剛君はあるインタビューで、撮影に入る前に、実際の職員さんに話を聞いて、思ったより普通の人たちだったと語っていた。この報告書が届いたころには、すでに面談は終わっていたかもしれない。この文章の中で、役人役人と書いているので、担当者は気分を害されただろう。

2004年11月20日 (土)

響子のポートレート~9/2/2001・k233

 響子は、ハイクラスな女性誌の編集者。既婚、娘・義母同居の生活はまあ順調に行っている。それが、ひょんなことで、キプロス島に観光記事の取材に行くことになり、ガイド兼カメラマン役で檜山が同行する。

『マディソン郡の橋』を思わせる二人の組合せ。しかしキプロスは、歴史ある風光明媚なだけの土地ではなく、政治的には南北に分断され、トルコとギリシャが常ににらみ合っている状態。国民にも緊張が影を落とす中、ロシアン・マフィアも勢力を伸ばしてきていて、ジェームズ・ボンドが活躍しそうな設定である。

 ヒロインの響子は仕事熱心で生真面目すぎて、心身ともに欲求不満を抱えこんでいる様子がさりげなく描かれていて、善良だがちょっと得体の知れない部分もある檜山に、反発しながらも惹かれていく。
 ラストの写真展に出てくる響子のポートレートは、文章から鮮やかに浮びあがり、本当に美しかった。

      『インコは戻ってきたか』
         篠田節子著 集英社刊 1800円

Then and Now : 平成13年9月9日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。篠田さん自身が美しい人なので、読んでいて響子のイメージと重なってしまう。ドライではないが、ベタッとしていないラブ・ストーリーを書けるのは、彼女を置いて他にない、と言い切るほど、本を読んでるわけではないですが。
ラブ・シーンは、短いがゆえに切実さが感じられて、わたくし的にはR指定。

2004年11月19日 (金)

学校を育てる~8/27/2001・k232                               

 私の息子との通う小学校は約20年前ほど前に建てられた。

 当時は運動場や校庭整備に回すだけの予算が町になかったので、保護者や地域の人たちの奉仕作業(ボランティア)で、山を切り開くようにして、少しずつ学校の周りの環境が整えられたのだと、当時のPTA役員の方の話を聞いたことがある。

 夏休みの終わりに、側溝にたまった砂を上げたり、草を刈りながら、そうやって昔は、地域の中で学校そのものが育てられていたことを思った。

Then and Now : 平成13年9月8日付熊本日日新聞「ブランコ」掲載。今も続く子育て、教育に関する200字投稿コーナーの、最も初期のころのものである。今じゃ、わが子、わが孫のかわいさ自慢が大半なんだけど、身近な出来事にとどまらず、ちょっとはそれから発展して、教育の大きな流れに思いを馳せてほしいものだ。

2004年11月16日 (火)

静かな映画『メッセージ・イン・ア・ボトル』~8/15/2001・k231

ケビン・コスナーは、いわゆるハンサムな男優の宿命を背負っている。一部の熱狂的な女性ファンは別として、男性からはヤキモチ混じりで、悪口言われるし、女性の中でも全然だめという人も多いだろう。

 だから、普通にがんばっても「いいとこどり」してるように見られたり、「やっぱ、大根だな」という評価しか得られない。可哀想に。

 でもこの映画の見所は少し違うところにある。ケビン・コスナーの父を演じるポール・ニューマンのチャーミングなこと。本当はもっと目立つこともできるのに、息子をあくまで主役に持ってこようという控えめな態度。

 アメリカ映画の伝統である「父と子」の葛藤が、俗っぽさとギリギリの線で描かれた静かな映画だ。

 ポリスのヒット曲「メッセージ・イン・ア・ボトル」は出てこないが、救いを求める孤独な魂が癒されるという意味では近いかも。

Then and Now : コスナー氏は、1956年か55年生まれ、つまり私たちと同級生なのだ。ブルース・ウィリスもそう。髪の毛では勝ってると思っていたが、自分の額が思っていたより後退していることに、最近気づいた私。熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。これでは、いったいどういう映画だったのか、書いた本人もわからない。ビデオで見たことだけは確かです。

2004年11月14日 (日)

介護保険の住宅改修について~11/10/2002・k230

 介護保険に係る住宅改修は、20万円を限度とされています。聞くところによると、個人の資産を増やすことにつながるという理由で、20万円という金額に抑えてあるとか。

 しかし、介護度が比較的低い段階で、必要な住宅改修を行なうことにより、寝たきりにならずに済み、在宅で、出来る限り自分の力で生活することが可能になることも考えられえるし、人間の尊厳という意味でも自立を促すような方向に働くと思います。そうなると多少住宅改修に保険料が使われても、全体的には抑制されるのではないでしょうか。
 
 たとえ、一時的に個人住宅の資産価値が上がったように見えても、長い目で見れば社会資本の整備という見方も出来るでしょう。
 これまで安易に建替えられていた住宅も耐久性が問われ、リフォームをして長く住むことが常識となっています。これは環境に対する負荷を減らすというエコロジーにもつながります。

 建設業界の余剰人員を福祉関連の仕事に振り向けられる、というほど単純ではないかもしれませんが、介護保険の使われ方をチェックする建築士的な立場の専門家を育てることは、人が住まうということについて、新しい視点から工学的な発展が望めるかもしれません。

 それは、健康で文化的な生活をもう一度考え直し、社会福祉の向上につながることではないかと思います。 

Then and Now : 厚生労働行政モニターをやっていたときに、送った報告書。バリアフリーデザイン研究会での聞きかじりを文章にしているので、われながら一寸心許ない。この主張がモニター報告として、顧みられたということもないだろう。

2004年11月13日 (土)

本上まなみへの手紙~?/?/2002?・k229

拝啓。
 初めまして。
「ほんじょの鉛筆日和。」楽しく読ませて頂きました。
長靴の項で、私の自作の詩を思い出したので、送らせて頂きます。自分で解説するのもナンですが「子だから」は「子宝」に掛けています。歌詞で聞くとすぐにわかるんですが。

「私にも言わせて」も詩と同様に熊本のローカル新聞「熊本日日新聞」に掲載されたものです。投稿というやつです。担当記者から、ある晩電話があり。本上まなみって誰なのか全然知らないというから、簡単に教えてやると「ほんなこつ、美人バイねー(熊本弁で、本当に美人ですね)」と、タレント名鑑か、インターネットで見つけて、申しておりました。

 で、そのくせに掲載時には、字を間違えやがったのです。
すぐさま抗議したところ、翌週◇訂正が入りました。というわけです。それでは...
                              敬具

本上まなみ 様

Then and Now : 読者カードのはがきと一緒に送ったのだと思う。実際に読んでくれたなら、返事をくれてもよさそうなもんだ。熊本弁の部分は、わかり易く創作したような気がします。

2004年11月10日 (水)

ロマンあふれる実践的教育論~9/22/2002・k228

 この本は「公立中学をどう変えていったら日本の教育はよみがえるのか?」をテーマに、櫻井よしこさんを始め、中学校の校長、教頭、大学教授らと共に教育改革についての問題点を探り出そうとする試みです。

 新学習指導要領に至る道のりを教育政策史の面から、参議院議員の鈴木寛氏が解説する章は勉強になったし、「教育を変えるには、教育をコミュニティに取りもどし、家庭や地域がその主体となる」ことの必要性。そのための具体的な方法の提案にも、21世紀の日本人が「大人」になることへの熱い思いが伝わってきました。

 また理想を語ることに臆せず、制度改革を待たずともできることを実際のカリキュラムに組んで、要はやる気の問題だと言ってのける。教育関係者にとっては試金石となる本かもしれません。
 ちょっと過激だけれど、ロマンあふれる実践的な教育論です。

       『中学改造』藤原和博編・著
             櫻井よしこ・苅谷剛彦・鈴木寛共著
                 小学館・1400円

Then and Now : 平成14年10月20日付熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。実際に掲載された文章は、第2段の文章の前後を入れ替えて、ぐんと読みやすくなっていました。編集の妙です。ここでは、多少手直しをしましたが、原文に近い形で載せました。

2004年11月 7日 (日)

パブリック・コメント「第7次熊本県交通安全計画」に寄せて~7/11/2001・k227

計画の基本的な考え方
第1章 第2節 2.交通安全思想の普及徹底について

「交通安全意識と交通マナーの向上」が、交通事故を減らすための遠い道のりではあるが、確実な手段、いや切実な方法であることは疑いありません。
 しかし、異論はないものの、この本文には、交通事故における最大の凶器である自動車を運転する際に必要な、運転免許証を取得するときの教育、すなわち、技術面の習得と学科、その後者について、あまりに小さい扱いしかされていません。
 これはたいへんおかしい。
 小学校から中学、高校、大学と、子どもたちの成長に合わせ、家庭と学校と地域で、交通マナーの前提となる、社会における「マナー」、あるいは「しつけ」というものが、ちゃんと教えられていないから、交通マナー(あるいは運転マナー)が、どんどん悪くなるのではないでしょうか。
 ですから、この現状を変えるには、緊急避難的に、自動車教習所でそのマナーを教えることが、これ以上の交通環境の悪化を食いとめる一助になると私は思います。
 たとえば、アイドリング・ストップの意義を教えてごらんなさい。小学生のときに習う環境問題と、成人するころに学ぶそれは、事の重大さが違うと思います。この例は、交通安全そのものには関係ないかもしれませんが、教育を広く捉えると、一石何鳥にもなる教え方がある。それが交通安全教育ではないでしょうか。
 教習所は、少子化で経営が厳しくなって来るでしょうから、生徒に優しい(易しい)、楽してパスできるところが、人気を呼ぶかもしれません。しかし、加害者養成所でもある教習所の中身を考えない限り、効果的な交通教育はむずかしいと思います。
 私が免許を取って、もう20年ほどになるので、現在どのような教育環境であるかは存じませんが「ゆずり合いの気持」を身につけてもらうだけで、世の中が変わりそうな気がします。

Then and Now : この交通安全計画に関する意見は、なんとこれ1件でした。パブリック・コメント制度が出来て間もなくだったので、周知されていなかったからだと思います。文章的にかなりおかしい箇所があったので、手直ししました。が、全面的に改めた方がよかったみたいです。
基本的な考えは変わっていませんが、今だったら多分送らないのではないかと思います。
世の中が変わりそうな気が、だんだんしなくなって来ました。

2004年11月 4日 (木)

毎日が日曜日!~8/20/2002・k226

 5年生の二男リョウが「毎日が日曜日みたいで、たのしーい」と言った。お盆休みの4日間。いつもより少し遅く起きて、みんなそろって朝食。祖父の家で、いとこ達とごはんを食べたり、映画『タイムマシン』を見に行って、帰りに本屋で『ローワン』の第1巻を買った。ビデオを5本も見た。図書館にも行ったし、お父さんといっぱいお喋りをして、これが日曜でなくって何だろう。

Then and Now : これは、私にとっては夏休みというものだけど、子どもにとっては、毎日夏休みだったんで、両親がいるということで、日曜ということになったんだろう。熊本日日新聞「ブランコ」不採用。子どもが、心から喜ぶ様子を見ることができるということは、何にも代えがたい。子どもって、すぐに大きくなってしまうんでね。

2004年11月 1日 (月)

同窓会って何?~9?/?/2002・k225

 母校大津高校が、今年創立80周年を迎えた。私は同窓会総会に参加したのだが、46歳の私が若い方であるということで、だいたい会の性格がわかるというものだ。

 では私はなぜ同窓会に行くのか。それは今この時代に、同窓会というものが、どういう意味を持つのかわからないからである。
 クラス会という横のつながりでの交流は、そうすたれていないかもしれない。しかし、タテの関係である同窓に意義を見出すのは、ある程度の年代から上の先輩方だけではないだろうか。

 高校野球やサッカーなどで、母校を応援する気持、それ以上でも以下でもない。何ゆえにわざわざ、同窓会に出席してまで、同じ学校を卒業したことを喜び合わなくてはいけないのか、という気持がわからないでもない。

 来年の町長選挙のことや町村合併も話題に上っていた。それは地元の関心事であるから、様々な意見を交わす場として、同窓会も利用されてもいいと思う。一枚岩とならないところが大津の伝統であったから尚のこと。

 映画監督の中山節夫さんが新作のPRにいらっしゃっていたが、そういう応援こそ忘れてはいけないと私は思う。

Then and Now : 熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。世の中には、様々な会(アソシエーション)がある。でもたいていは、つきあいで加入しているといったところではないのか。でも、同じ参加してるんなら、それも同窓会なら、そこに大いなる意義を見つけてみたい。と思っていたのだ。
 どこかで、何かの形で徒党を組みたがるのが人間だと言いきってしまうと、それまでだけど、やっぱり人と人との繋がりの中で、生きてるんだもんね。

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