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2004年10月16日 (土)

週刊クンタキンヤ~6/16/2002・k219

 父の日。
 私はいつもと変わりなく、皿を洗い、風呂そうじをした。わが家は息子2人。父の日、全然関係なし。私自身もすぐ近所に実の父が住んでいるんだが、改まって会いに行くわけでもない。
 ある種の人々にとっては父のことを思う日であり、私にとっては、父親とは何なのか、と少しばかり考える日となった。よかったかな。

Then and Now : 父が亡くなって1年。息子にとって、父親とは何なのだ。最近は、父親役を降りたくなって来た。以前だったら、子どもに無関心な父親と聞くと、許せない気がしていたものだが、その気持が少しわかるような気がする。まだ、言葉も本気も足りないのかもしれないが、親の気持が息子に通じることにも限界があるんじゃないかと思う。
「すぱいす・ほっと」不採用。

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