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2004年8月の34件の記事

2004年8月30日 (月)

マーキング~?/?/2000・k189

 犬は行く先々でオシッコをかけて、自分の活動領域を示すといいます。スプレーペンキでの落書も自分の存在を世間に認めてもらいたいという動物的習性のひとつと言えるかもしれません。

 それと似たものにゴミのポイ捨てがあります。ゴミを荷物にするのはいやだからとか、車の中に置いておきたくないという利己的な美的感覚からの行為が、いつのまにか無意識のうちに投げ捨てているというところに達したとき、ひょっとしたら動物の本能としての犬のオシッコに近いものが、そこに見受けられるのではないかというのが、私の考えです。

 落書はストリート芸術であり、ゴミのポイ捨ては物質文明と大量消費社会に対する批評であると誰かがそこに価値を見出すこともあるかもしれない、とは普通考えません。

 そこで私は夏休みの自由研究のテーマをひとつ思いつきました。ポイ捨ての代表選手の、空きカン拾いをやって、銘柄別に順位をつけるというものです。地域や商品の特性が出て、消費者の性向がよくうかがえることでしょう。その数字はメーカーにとって脅威となり、デポジット制導入を促すきっかけになるかもしれませんね。

Then and Now : 熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。歴史の上では、落書は、時の権力に対するカウンターカルチャーとして評価される場合もある。それとこれがどう違うのか。景観に対する考え方や、反権力の意思表示をするために他に取るべき手段がないのか、ということがポイントになるのかもしれない。
 1958年(昭和33年)の東宝作品『駅前旅館』を7月25日に益城町で見た。上野駅前の当時の風俗が、興味深かったのだが、その路地を紙くずが結構舞っていて、きれいに片付いた街という発想は、経済的に安定して初めて出てくるものなのかなと思いました。

2004年8月29日 (日)

「ビューティフル・ソングズ」~5/27/2001・k188

 皆さん、週末の深夜はいかがお過ごしでしょう。私は、ある土曜日の夜、本当に充実したひとときを持ちました。
「ビューティフル・ソングズ」というコンサートのライブがそれです。昨年の夏の公演の録画ですが、たまたま今回TVで見ることが出来て本当にラッキーでした。

 ユニットは、大貫妙子・奥田民生・鈴木慶一・宮沢和史・矢野顕子の5人。お互いに持ち歌をカバーするという進行で、実にゆったりとした豊かな時間でした。

 歌そのものが持つパワー、人の心をなごませるマジック、ステージと客席を結びつける信頼の絆、世代を超えて歌い継がれるであろう、私たちが共有できるエモーション。

 静かな炎ながら、いつまでも消えることのない希望の灯であったような気がします。言葉では語り尽せないからこそ、研ぎ澄まされた言葉が、私たちの心に優しさの波(ウェーブ)となって打ち寄せてきたのでした。

Then and Now : 熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。題材が古かったのだろう。「歌の持つパワー」という表現を好んで使っているが、その実体は不確かである。言葉自体の存在感に負けてしまっているという感じかな。「ソング・リメインズ・ザ・セイム」は、レッド・ツェッペリンのアルバム・タイトルだったか。そして、サウンドは残る、か。

2004年8月26日 (木)

映画『パール・ハーバー』~7/15/2001・k187

 この映画を作ろうと思った人は、やはり真珠湾が奇襲される場面のスペクタクルを撮りたかったんだろう。ただそれだけ。
 三角関係のラブ・ストーリーは、気のいい兄ちゃん、ベン・アフレックがほとんど悩んでるように見えないところが救い。大澄賢也似であるが、雰囲気は杉本哲太。ヒロインの選考基準はただひたすら無名であることか。

 しかし、題材は戦争である。『アルマゲドン』に引き続き、今回も神風特攻隊はアメリカ人の方であった。それに共感する国民が多数であるとは思えないけど、それが西部劇的わかりやすさというものかもしれない。

 日本人をそれほど悪者扱いせず、わりと紳士的に、武士道精神を持った人間として描いていたところなど、マーケットとしての日本への配慮かもしれない。
 情報担当のダン・エイクロイドの熱演を見てると、米国の情報分析の甘さが敗因だとしているように思えた。

Then and Now : さまざまなことが、この年の9月11日以前と以後で変わってしまった。しかし、この7月にも事態は着々と進んでいたのだろうから、何も降って湧いた事件ではなかったのだ。スピルバーグの『1941』では、ジョン・ベルーシが日系人パイロット役で出ていたと思うが、エイクロイドも出ていたっけ。なんとなく楽屋落ちっぽいですね。
 6月だったか、『激しい季節』というイタリア映画を見ましたが、60年作品なので、同じ作り物でも、おそらく実体験した人が描くだけに、真に迫った恐怖が感じられました。戦争を語り継ぐことのむずかしさでもあると思います。
 熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。
 ところで、『4TEEN』の作者、石田衣良氏が「週刊現代」の映画評の中で、「9・11テロで、現実が映画を超えたと言う人がいるが、そうではなくて、あれは映画の想像力を借りたに過ぎない」というようなことを書いていた。Sure.

「週刊クンタキンヤ」~5/7/2001・k186

 幼児に読み聞かせをしてやったからといって、本好きの子どもになるとは限らないと、あるお母さんから聞いたことがある。
 しかし、ウチの子は、おかげ様で本を読むのが大好きである。

 今はなき、さる出版社の絵本のセットを迷わず買った、倹約家の妻のおかげであるが、子どもと一緒に読む絵本の楽しさ、思い出だから美化されてしまっているかもしれないが、本当にあの頃しか得られない喜びなのだ。

 丁度今、その時代にいる若きパパたち、眠い目をこすってでも、子どもの枕もとで絵本を読んでやってごらんなさい。
 今はわからないかもしれないけれど、また子どものためになったかどうかもわからなくても、少なくとも自分自身の成長の糧とはなる。
 今からでも遅くはない!

 ウチは、ヨウヘイが中1、リョウが小4だから、もうその手には乗らなくなってしまったのが、寂しいかぎりだ。

Then and Now : 「すぱいす・ほっと」不採用。そして今思うと、これを書いたころはそれでもまだ幸せな時代だったのだ、私にとってのわがファミリーというもの。洋平はずいぶん前から(高校受験のせい?)、ほとんど本を読まなくなってしまって、あの読書家の遼も、バスケットボールの部活に時間を取られるようになってこの方、あまり本を読んでいないようだ。 
 新聞は、二人ともよく読んでいる。スポーツ欄がメインだとしても。いつかまた、本に帰ってくることだろう。

2004年8月23日 (月)

家庭訪問~5/6/2001・k185

 仕事が休みだったので、中学1年の長男の家庭訪問に同席した。当人が一番緊張したとは思うけれど、入学してひと月くらいでは、先生の方だって話題に困るだろう。

 家庭訪問というより「お住まい拝見」てな感じか。住環境のどこをチェックなんてマニュアルがあるのかも、とそんな意地悪なことは考えず、父の私も「よそ行き」を装っていたのだった。

Then and Now : 平成13年5月26日付熊本日日新聞「ブランコ」掲載。投稿マニア初心者の皆さん、新しいコーナーが出来たときは、狙い目ですよ。出す人が少ないせいか、続けざまに載りました。しばらくすると、まったく見向きもされなくなり...というのは、そのコーナーの雰囲気が別のものになってしまっているからです。私は、やっぱり、自分のカラーに固執しているのか。
 もう一つ、長男が中1のときのことが、さっぱり思い出せない。そんなに昔のことではないけど、変わってしまったことが多すぎるということだ。

愛はここに~城内プール閉鎖 5/23/2001・k184

 城内プールが閉鎖されることは、2~3年前から検討されていたのかもしれない。しかし、実際になくなるということを知らされると、街の魅力がひとつ消えるなと、しみじみ思った。

 熊本城との対比でいけば、ちょっとミスマッチの観もあるが、あたりの木立のしたたるような緑と、プールの水しぶきが、熊本特有の蒸し暑さを癒してくれていたことは間違いない。プールは、体育系の側面で捉えられがちだが、実は文化的施設の部分も大きかったと思う。機能性だけの都市は無味乾燥で、文字通り潤いがない。そういう街で、豊かな文化が育つはずがない。

 とはいえ、失われゆくものに思い出と共に愛惜の情が芽生えたとしても、すぐに慣れて忘れ去られるだろう。都市の再生とはそういうもので、残念だが、それが文化というものでもある。わが国においては。

Then and Now : これ、熊本日日新聞「私にも言わせて」に送ったものだったと思う。不採用。ニューヨークのセントラルパークにある(行ったことはないが)アイススケート場のことを念頭に置いて書いた。少々古いが、『ある愛の詩』を始め、多くの映画に使われていることからもわかるように、フィルム・コミッション運動には、他の土地にはないような、かような文化施設がぜひとも必要なのである。

2004年8月21日 (土)

拝啓。~5/2/2001・k183

 貴誌春号の花言葉のカレンダーたいへん美しうございました。
 桜の名所の写真も見事でございました。

 今月のお便りに、熊本は道路の案内標識が、少なくわかりにくいとの指摘、まさにその通りだと思います。
 他県のことはよく存じませんが、多分全国的に「サイン」に関しては低レベルの国なのではないかと思います。道の狭さと曲線の多さもその理由のひとつとは思いますが、わが国でカーナビが急速に普及したのには、案内標識の不備が大きいのではないのでしょうか。
 つまり、不親切な「サイン」が、ある業界にとっては技術革新や成長につながるということか。
 熊本でも、Drive Carefully とか、Approach with Cautionの交通安全標識は、結構シャレていると思うんですけど。

Then and Now : これは、雑誌「ハンド・トゥ・ランド」の読者欄に書き送ったものだと思う。
 そこの編集長の中村幸子さんは、「パープル・タウン」や「みずいろの雨」をヒットさせたシンガーソングライターの八神純子似の女性だけれど、どういう人脈があれば、あのスタイルのフリー・マガジンにたどり着けるのか。水前寺の競輪場通りに面した編集室は、落ち着いた感じの日本家屋です。玄関にしか入ったことがないですけど。

2004年8月18日 (水)

前略。~5?/?/2001・k182

 貴社のichipsをつまみながら、缶ビールを妻と飲んでいたところ、容器のフタが缶ビールのコースターにピッタリサイズなのに妻が気づきました。
 これは使えるのでは、と思ったのでお便りしました。
 それにしても「お気づきの点」があった場合の担当部署が明記されていないのは、あまり親切ではないのではないでしょうか。
 と、ここまで書いて、アイチップスは、ビールのつまみにするような人向けのポテトチップスではないのかもしれないと気づいたところです。
                          草々。

Then and Now : アイチップスを作っているメーカーが、どこだったかわかりません。もう作ってないかも。でも円筒形の容器を使う成型チップスは、どこのメーカーでもおんなじサイズなのかもしれません。

2004年8月17日 (火)

事故ゼロへの限りなき挑戦~6/17/2001・k181

「交通渋滞による損失は年間12兆円」という試算を、国土交通省が発表した記事を本紙で読みました。道路特定財源が問題になっている時期なので、緊急に取りまとめたものでしょう。本来は、乗用車・トラック・バス等の車種による変数を加え、休日のレジャー車両の動きも考慮されなければ、車社会の経済性についての具体的な数値にはならないでしょう。

 とはいえ、社会的損失を金額で表すことの第一歩としては評価してよいと思います。今後は、環境省とも協力して、地球温暖化など環境への負荷も何とか数値化してもらいたいと思います。

 また、その少し前に損害保険協会が、交通事故による損失を約3兆5千億円と推計しているという記事もありました。その金額の中には、死亡による保険金の支払は含まれているのでしょうか。あるいは事故が原因の交通渋滞は、事故処理にかかる警察の経費は考慮されなくてよいのでしょうか。

 わかりやすい数字を前にして、私たちは何を考えなければならないのでしょう。
 渋滞ももとは1台1台の車です。事故は、運転者だけの責任とは言えないかもしれませんが、他人事ではないという認識を持ち、「事故ゼロへの限りなき挑戦」を続けるしかないのです。
 
Then and Now : 平成13年6月22日付熊本日日新聞「読者のひろば」掲載。言いたいことは伝わりましたでしょうか。疑問文が目立つのは、公表された数字の根拠が、新聞記事の中からは窺えないからです。素人の私が細かいことを言わなくても、計測可能な数値は計算に入っているんでしょうが、わかりやすい数字だけでわかったような気になることへの警戒を書いたつもりです。
私の書く文にはよくあるパターンですが、出だしと結びが微妙に違うテーマになっているサンプルです。「事故ゼロへの限りなき挑戦」は、さるタクシー会社の後部バンパーに貼られていたステッカー。本気で張ったキャンペーンだったかどうか。自社だけのスローガンと考えた方がよかっただろう。

2004年8月14日 (土)

地軸ゆすりて~5/12/2001・k180

 ヴォネガットは、日本でいえば大江健三郎みたいなポジションにいるアメリカの作家ではないか。
 彼が最後の小説であると明言しているこの本。確かにもうこれ以上、長編を書くのに時間と労力を使いたくないという気持がわからないでもない。

 人間長生きすれば、家族に不幸も起こるが、それにも増して幸せなことも数多くある。作者の分身でもあるような架空のSF作家、キルゴア・トラウトに毒づく言葉はまかせて、拡大家族の一人に過ぎないともいえる自分の人生や出会った人たちについて語る、一大叙事詩と言えるかもしれない。

 彼を悲観主義的ととらえる人もいるだろうが、子どもたちやそのまた子どもたちに、自分の未来は自分で切り開くしかないことを告げる彼の蒔いた種が、こうして日本でも芽を出して成長しているんだから、人類もそう捨てたものではないだろう。

       『タイムクエイク』
          カート・ヴォネガット著 朝倉久志訳
             早川書房刊 1900円
             (文庫でも出ています)

Then and Now : 「こうして日本でも」というのは、ちょっと厚かましかったかもしれない。しかし、ヴォネガットの哲学は、(本人が否定しても)村上春樹らに顕著に受け継がれている。ハイホー。
個人的には、ヴォネガットを読み明かした夜明けに流した涙が懐かしくもある。

「週刊クンタキンヤ」~5/6/2001・k179

 てなわけで、9連休もいよいよ終わる。ちょっとした外出もあったが、ほとんど家にいたので、いつもは夜だけの皿洗い(茶わん洗いとは言いにくい)が、朝昼晩と続いた。20回はやっただろう。

 食器洗い機が、結構普及してきたそうで、その理由のひとつに男性が洗いものをしなくちゃいけなくなって、それなら買おうということになったというのがあった。

 情けない。
 確かに家事労働からの解放が、経済発展に貢献してきた側面は認めるが、女性の苦労を知らずして、機械に逃げるとは。
 情けない、あー情けない。

 お茶わん洗いながら哲学する。これが男だ。蛇口をヒネると、ジャーと出る水はどこから来て、シンクの中で跳びはねた後に、パイプに吸い込まれ、どこへ行くのか。
 イマジネーションの翼を広げてみろってんだ!

Then and Now : 強気です。さすがに「すぱいす・ほっと」不採用。いま思うと、皿洗いしたからって、そんなに偉そうに書くことでもない。それを偉そうに書くところが、クンタキンヤだった(過去形)ということか。

2004年8月13日 (金)

「週刊クンタキンヤ」~4/22/2001・k178

 毎晩、夕食後の食器洗いは私の仕事である。結婚直後から始めたので、10数年になる。TVを見ながらなので、短時間にパッとは終わらないのだが、世に食器乾燥機というものがあるのはありがたい。

 何と言っても汚れた食器がシンクの中から次々に片付いていくのは、他では得がたい達成感がある。
 それに人間、手を動かしていると、次々に新しいアイデアがひらめくものらしい。ただ書き留めてると更に時間を食うので、最後まで終わってしまうと、もう大半は忘れてしまったり、どうでもいいことになったりしているから、ちょっとだけ脳が活性化されるところもあるということか。

 薄めた中性洗剤を使ってるんだけど、ほとんど、いや手荒れはまったくありません。洗いおけに最初に水を張って、洗剤液を作るのがコツ。でもかなり薄いってことです。
 油っぽい汚れは、その前に紙類でぬぐいとっておくことは鉄則。
 CMみたいな洗剤の使い方を見ると、卒倒しそうになります。

Then and Now : 平成13年5月26日付くまにちすぱいす「すぱいす・ほっと」掲載。「え、あんな風に使うんじゃないの?勉強になります、はい。って、今度は本物の“週刊”でしたね、キンヤさん!」は、当時の編集長M氏のコメント。2週連続掲載の晴れの名誉であった。レギュラーにしてくれてもよかったのに、いまいちインパクトというか、必然性がなかったのだろう。

子ども会活動って~3/20/2001・k177

 子ども会活動というのは、学校と地域の間でいかにあるべきかと考えつつ、例年の行事消化に追われ、育成会長としての1年が過ぎた。
 子どもの自主性を重んじるというのは、210名ほどの会員を抱えて、言葉で言うほど易しくはない。
 無難な1年は、役員を始め、皆さまの協力のおかげと感謝するも、他のやり方もあったはずだと反省しきり。
 
Then and Now : 熊本日日新聞「ブランコ」不採用。子育てに関することを200字で投稿するコーナー。
こういった文章を書き送っていたことは、公表しないでいたいところだけど、自分に対して公正であるべきだという理由で。他の人が役をやると、自分以上にはちゃんと出来てるみたいに感じられるものです。

その後:この文章、平成13年3月31日付熊本日日新聞「ブランコ」に掲載されていたことに気づきました。スクラップがありました。2004/08/23 

2004年8月12日 (木)

運転手さんの気配り~?/?/2001・k176

 西鉄グループのバス会社が、事故が多いということで、九州運輸局から厳重注意を受けたあとにも、また事故を起したという記事を読み、グループ全体で一日に何千台のバスを走らせているかわかりませんが、労務管理のむずかしさを思いました。

 報道の印象からは、ずさんな管理と営業方針が事故を誘発しているような印象を受けます。しかし、例えば博多で西鉄バスに乗ったことがある方なら、ご存知かと思いますが、運転手さんの気配りは大したものなのです。

 バスに乗車して、座席に腰をおろしたときに、すぐにはそれが何なのかわかりませんでした。それがいくつかのバス停でお客さんを乗せたあと、やっと納得できました。運転手さんが自分の声で、そのつど「毎度ご乗車ありがとうございます」と言っているんです。

 行く先を告げるテープには広告も入っています。でも車内のアナウンスの主人公は運転手さんなのです。ある意味では、いちいち声を出さなければいけないことが、運転業務に対する妨げになっていると言われる方もお出ででしょう。しかし、このお客さんに対する心遣いは、危機を乗り越え、より一層立派な公共交通機関に成長する原点になることと私は確信しています。

Then and Now : 熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。最近の三菱自動車の2度目のクレーム隠しに関しても言えますが、報道というもの、悪意からではないにしても、加害者の罪をことさら強調することで、メディアの存在感を際立たせるという傾向があるようです。複数のメディアがそれぞれに報道することが、相乗的に悪意を形成するということかもしれません。
三菱自動車の件に関しては、自動車雑誌が、専門家の意見を多数まとめたムックを出しました。メディア・リテラシーについて考えさせられる本です。タイトルくらいメモしておきましょうね。私はコンビニで立読みしました。

無題~7/4/2001?・k175

 7月4日。昨日に引き続き今日も暑い。
 暑中お見舞い申し上げます、と、自分に言いたいくらいです。
 今号の巨木特集、たいへん充実していました。写真を見て、読むだけでも樹木のパワーに触れることができたようです。

 ゴールディー・ホーンが、多分、メル・ギブソンと共演したりして、人気絶頂の頃だったと思いますが、来日したときのインタビューで大きな木の幹を抱きしめてパワーをもらう話をしていました。新聞記事で読んだのでしたが。
 そのことを思い出しました。

Then and Now : 雑誌「ハンド・トゥ・ランド」の読者欄に投稿。不採用。内容は特段他に書いているものと変わらない。名前を売るために、あちこちに送っているという感じ、かな。

2004年8月11日 (水)

横尾忠則講演会の夜~7/1/2001・k174

 来年秋にオープンする予定の熊本市現代美術館のプレイベントで、横尾忠則さんの講演会が開かれた。私にとっては、中学・高校時代のアイドルのひとりであったが、会場はアーティスト志望のような若い人たちが多く、驚いてしまった。

 もともと、メディアを通じた活動によって有名になった横尾さんなので、作品を目にする機会は多いのだが、やはり本人が、自分に対する質問に直接答えてくれるというのは、イベントとしても楽しく、成功だったと思う。

 主催者側の思惑か、若い人たちの、タレントのテレビ・インタビュー番組的な質問が多く取り上げられたようだが、一つひとつに丁寧に答えられる横尾さんは、アーティストとして決して孤高の人ではなかった。

 自伝を出版されたらしいが、幼少年期を野山をかけまわって過ごしたことや、その当時の感動が作品の原点となっていること、創作することによって得た死生感など、三島由紀夫氏や寺山修司氏らと共にあの時代を生き、今も芸術によってしか表現できないものを淡々と描き続ける横尾さんに、私は生き方を学んでいたのだったということに改めて気づいた夜だった。

Then and Now : 私が送った質問も以前載せた。そう言えば、若い人たちが多かったんだな。熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。テリー伊藤さんが、彼のアイドルだった人たちにインタビューした本が出ていた。テリーさんのミーハーっぽさと誠実さとが、うまくかみ合って楽しい読み物です。立読みしたんだけど、タイトルくらいメモしとかなくちゃね。

映画『みんなのいえ』リミックス~6?/?/2001・k173

 建築の現場でも映画製作の現場でも「○○組」という名称(社名)があったり、責任者のことを監督と呼ぶという共通点がある。
 建物にしても映画作品にしろ、多くの人が関わって、ひとつの形にしていくという意味では同じ共同作業である。

 良いものを作りたいという気持は一緒のはずなのに、それぞれに自分の経験やセンスを元にした言い分てものがある。
 悪役がいなくても、人が死ななくっても新しい映画は成立するのだということを証明してくれた三谷幸喜監督。

 画面に出てない人たちの話し声だけが、聞こえてくるという音響の面白さ。これが臨場感というか、生活感みたいなものかな。
 血縁を超えた「拡大家族」が集う場所としての家づくりを描きたかったんだと思う。

 古いものにこだわりを見せているようでいて、妥協を重ねていたのは大工の棟梁の方だったという皮肉は、結構キツイ。

Then and Now : 筆名ムーンライター。「シネマレビュー」に送ったものだったか。定かではない。書いてるうちに映画に対する印象が固まっていくということもあるのだ。

わたしたちの家ではなく~映画『みんなのいえ』6/13/2001・k172

「わたしたちの家」ではなく、「みんなのいえ」となってしまうところが、家づくりの楽しいところであり、大変な労力が要るところなのかもしれない。

 職人は職人なりに、素人は素人なりに住まいに対する思い入れや夢みたいなものがあって、それがぶつかりあって、誰もが疲れてしまう、どうにかしてくれと、どうにでもなれの狭間で、田中直樹と八木亜希子の夫婦役がすごく良い。

 家づくり入門的な骨組は残しつつも、私は往年のパロディー映画の巨匠、メル・ブルックスを思い出した。『ヤング・フランケンシュタイン』などを作っているが、わりと隙だらけで、ギャグなんかも泥臭いんだけど、生真面目さがあるのだった。

 豪華ゲストのみならず、端役みたいな人にも「あなたにそこにいてほしい」という監督の眼差しが生きていて、みんなで作った「みんなのえいが」という充実感が感じられた。

Then and Now : 熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。見る前はかなり思い入れの強かった映画。だから、見終わった後、さて何て言ったらいいのかと考え込んでしまった。もちろん悪くはないんですが...作品と関係なく、書き出しについてはいつもうまいなと、われながら思う。

2004年8月10日 (火)

ドゥ・ユ・リメンバ・ミ~1/27/2001・k171

 現在、九州大学で心理学の教授をなさっている北山修氏が、NHKラジオ第二放送で「文化の深層心理学」という講座を開いている。

 氏のお喋りのうまさは、フォーク・クルセイダーズのライブ・アルバムで、ほとんど暗記するくらい聞いていたので、変わらぬ名調子に月日の流れを忘れそうになるが、反面、半分冗談に思えてしまうところがあったりして、難点と言えなくもないが。

 片や、同じフォークルのメンバーでもあった加藤和彦氏は、シティーFMの「スタイリッシュ・カフェ」という番組で進行役をやっている。

 氏が作曲して岡崎友紀が歌ってヒットした「ドゥ・ユー・リメンバー・ミー」がTVドラマ「カバチタレ!」のエンディング曲として使われているのも、どこか巡り合せという感じがして、私の中学時代のアイドルだったお二人のことを思うと、良き思い出と共に、今を生きられることの幸せをしみじみ、かみしめられる、と日記には書いておこう。

Then and Now : 熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。「ロック画報」という雑誌の最新号は、フォークル特集である。マニアにとって、さほど珍しいことが書かれているというわけではなかったが、久しぶりに記憶を新たにして、懐かしさに没頭してしまった。
 あの頃は、何をやっても新しかったのだ。また何を聞いても新しかった、と言えるのかもしれない。

「週刊クンタキンヤ」ガゼット版①~4/13/2001・k170

 先日、新潟から郵便が届いた。大学の先輩からのもので、封を切ると、CD-Rであった。片づけものをしていたら、当時(23~4年前か)録音したカセットが出てきたので、焼いて送りますとのこと。
 確かにスタジオを借りて練習(デモテープ作り)した記憶はあったんだが、また実際に耳にすることができるとは。

 【曲目解説】
1.アギーは恋人
 アギーというのは、アグネス・ラムの愛称であった。彼女の愛車は山吹色のカルマン・ギアだったけど、人気が出たら、あずき色のポルシェに変えたので、歌詞にもそれが出てる。

2.花売り娘
3.花売り娘
 ヴァージョン違い(エラそうに!)。アポロ計画が縮小されて、荒れかけたNASAのケープ・カナベラル基地の写真を「アサヒグラフ」かなんかで見て、アポロ世代の私はつらかった。それで当時流行ってたロッド・スチュワート&フェイセズ・スタイルの曲にしてみた。
 後に「クルマで来るまで」という掛詞は、浜田省吾や佐野元春も使っていることを知るが、こっちの方が早かった!誰でも思いつくけど。
 因みに「ひまわり娘」は、伊藤咲子が歌ってたから。「花売り娘」って誰のことだったか。

4.通り雨
 高校のときの同級生の秋田君が作った曲で、歌詞は2番を思い出せなかったので自分で作った。
 秋田君は現在、富合町の心の医療センターの精神科の先生です。

5.少女という日
 公募に出すためにスタジオ録音したものに、先輩のアパートで、アコースティック・ギターとヴォーカルを、ステレオとラジカセでダビングしたので、かなり音がこもっている。<②につづく>

「週刊クンタキンヤ」ガゼット版②~4/13/2001・k169

6.アギーは恋人(KDOヴァージョン)
 つくづく、山下達郎とボズ・スキャッグズだと思う。ドラムは、今は歯医者をやってるテツだが、高橋幸宏そっくりだ。

7.シャボンの小舟
 6.のメンバーに熊本市役所に勤めてる原野君がギターで入っている。

8.ミラクル・ステーション
 7.のメンバーに、キーボード福本君が参加。RKKの何十周年かのキャンペーン・ソングに応募。録音が悪いのが致命的。でもカセットが返却されてきたので、RKKの気配りは今もうれしい。

9.アローン
 唯一の他人の曲。
 ドラムは、玉城さん(醤油とカーテン屋)に替わっている。Bパートのギターが私。スタジオJinだったかのライブ。

10.少女という日(オマケ)
 この曲は、幼稚な曲なんだけど、すっかり完成されてるもので、コンテストに2~3回出した。この録音は3年前、小泉今日子のCD用の企画に応募したもの。
 なんか、チューニングもあやしいものだ。
※これを書くのに、1週間かかってしまいました。録音は悪い(演奏もヘタ)ですが、御一聴下さい。

Then and Now : 平成13年5月19日くまにちすぱいす「すぱいすほっと」に一部掲載。こういう文章が、面白い時期というのがあったんだなという感慨。新潟の先輩にカラーコピーを送ったら、えらく感激してくれたのでうれしかった。彼は県立高校の教頭先生になってます。ギターの大籠と、キーボードの康子は結婚したんだが音信不通。ベースの斉藤は、元気です。

『子どものための哲学対話』~?/?/2001?・k168

「へ理屈を言うな」「言い訳をするな」。これらは、子どもが言葉で親のいい加減さを突いてきたときに、親が発する自己防御の常套句である。

 子どもは、そんな親の言い逃れを真剣勝負で打ち負かそうとするんだが、いかんせん貧弱な語彙(ボキャブラリー)しか持たないので、親の恩着せがましい態度にやり込められることが多い。できることなら、お互い、手を出すことなく、とことん理詰めで主張を戦わせたい。

 この本は、そんな戦術を説いたものではない。猫のペネトレと「ぼく」の禅問答のような哲学対話だ。しかし、使える。表現としては矛盾しているが「理屈ぬき」に、子どもに「ぼく」をやらせ、親のあなたが「ペネトレ」を演じて、この本を音読してみることをお薦めします。
 言葉の限界を超えて、想像力の翼を広げる子どもを発見するのは実にうれしい。

   『子どものための哲学対話』
      永井均著 講談社刊 1000円

Then and Now : 隈本日日新聞「私の3つ星」不採用。良く書けていると自分では思っていたんだが、掲載されるとは限らない。しかし、何度も書くように、これでめげてはいけないのだ。
 ところで、哲学対話を実際、わが家でやってみたのだが、息子(二男)はちょこっとしかつきあってくれなかった。親の理想と、現実はかくも隔たるものだ。機嫌を見て、もう一度トライすべきだったかな。

2004年8月 9日 (月)

「週刊クンタキンヤ」~3/13/2001・k167

 歩きながら、タバコを吸ってる人がいますよね。あのせわしなさ、余程忙しい人だと思うんですが、最近、喫煙場所が限られてきたせいだという話もあります。
 運転中に吸ってる人、いますよね。あれも携帯通話と同様に危ないと思うんだけど、両方同時にやってる人もいます。
 女性を区別してるわけではないんですが、女性ドライバーでタバコ吸ってる人、あれは相当かっこ悪いと私は思います。人目を気にしてないから、結構皆さん、間の抜けた顔になっています。
 というのを観察してる私もあまり品があるとは言えませんが。

Then and Now : くまにちすぱいす「すぱいす・ほっと」不採用。車を運転中にお化粧してる女性。髭をそっている男性。バスの中で髪を梳く女子高校生よりましか。そんなことにいちいち目くじら立てることはないじゃないの、という人もいますが。

サイドリザベーション~1?/?/2001・k166

 熊本市は、市電の軌道を歩道側に寄せる「サイドリザベーション」を導入する方針だそうである。ヨーロッパでは珍しくないらしいが、国内初ということで、この秋、路面電車サミットが開かれる折、話題を呼ぶことは間違いない。おそらく新聞や雑誌、テレビなどで紹介され、先進地として視察は相次ぎ、観光の目玉となることも予想される。

 本紙の記事によると最長で200メートルということなので、更なる延長には10年以上かかるのではないかと思われるところが少々不安ではあるが。

 というのも、再開発ビルの建設が進む、水道町交差点から通町筋こそが、このサイドリザベーションにふさわしいし、好機であったと私は考えていたからだ。車優先社会を変えようという強い意志のないところに公共交通機関の利用を前提とした街づくりはあり得ない。

 市電と熊本電鉄の相互乗り入れの話も私の知る限り、2年以上前から検討されている。しかし技術的なことよりも、新町のマンション群に住む人たちが、電車を使って、カントリー・パークや西合志町の図書館や天文台に遊びに行く楽しさを見つけることが出来るかどうかにかぎはあると思う。

Then and Now : 平成13年1月15日付熊本日日新聞「読者のひろば」掲載。上熊本駅に新しい市電の車庫が出来たときに、確かにサイドリザベーションは実現したのだが、そういうふうに言うなら、終点なので元々道路サイドに寄っていたんだよな、という感じ。幹線道路に関しては、いくつもの役所の権利・管轄関係が入り乱れていて、調整が簡単に行かないのだろう。
 ニュースに手放しで喜んで、書いたわけではないのは、お分かり頂けると思うが。

「カバチタレ!」~3/10/2001・k165

「カバチタレ!」の常盤貴子と深津絵里って、「アリーmyラブ3」のアリーとリンみたいだったと思います。
 ドラマの主人公がどういう職業についているかは、かなり重要で、行政書士の目新しさは「HERO」の検事以上のものだった。
 それに2人の掛け合いと、篠原涼子が絡んでくるところなんて、今が旬、逆に今しかおそらく見れないものなんだろうなと感じました。
 それに比べると特別ゲストは、フーンと一瞬思うもののインパクトに欠ける使い方で残念。

Then and Now : 「ザテレビジョン」の「ボイス・ボックス」不採用。今しか見れないということは、いま思うと、いつまでも心に残るものではないということだったのかという気がしてくる。しかし、彼女ら3人が絡む芝居というのは、TVドラマとはいえ、もう一度見ても面白さは新鮮な気がする。

2004年8月 8日 (日)

「週刊クンタキンヤ」~3/13/2001・k164

(よその県民は知りませんが)熊本県民が貧しいなあと感じるのは、朝の通勤時間帯、狭い道路をトラックみたいなRV車で(多分)出社を急ぐ人たちを見るときです。

 見るというか、離合するとき、エライ迷惑なんだけど、原野とか山岳地帯に仕事場があるんならともかく、RV車って通勤用の車じゃないですよね。
 ファミリー向けのワンボックス・カーで会社に行くってのもかなりプアだと思いませんか。

 私もね、会社のものとはいえ、車で通勤してるんで、偉そうなことは言えないんですが。

Then and Now : つまり、車を所有するなら、遊びと仕事の2台別々に持て。と言ってるわけです。それぐらい余裕がないなら、通勤に車を使わないか、遊びの車は持つべきではない、と。
 自動車産業は、日本の基幹産業なので、車の売れ行きは経済全体に大きな影響を持つ。メーカーだけでなく、ガソリン、カー用品、駐車場などに始まり、関係ない業種の方が少ないだろう。
 だからこそ、考えなければいけないことは多いんだが、誰だって目先のことで手一杯なんですよね。
 ところで、トヨタ主導で、異業種連携のデザインプロジェクト、WiLLが7月を以って終了したそうです。お疲れさまでした。でも新聞にはホームページが終了したとしか書いてない。やはり祭りのあとは物哀しい。そもそも無理があったのに、5年間よくぞ続いたというべきか。あまり好意的に書けなくて申し訳ない。

2004年8月 7日 (土)

「お父さんはネ...」~7/3/2001・k163

 子どもに向って、自分のことを「お父さんは...」という言い方は、自分に敬称をつけて変だ。しかし、普通に誰でもそう言う。わが子に対して「私の言うことを聞きなさい」などと言う方が、奇妙に聞こえるくらいなのだが、子育てにおいて自分のことを第三者呼ばわりしたら、ちょっとマズイんじゃないか。
 私は自分自身で責任を取る覚悟で、自分の考えを子どもに主張したい。のだが、やはり、つい「お父さんはね」と言ってしまっている。

Then and Now : 平成13年7月14日付熊本日日新聞「ブランコ」欄掲載。私の父の兄弟は、両親のことを「お父様」「お母様」と呼んでいた。私は「お父さん」「お母さん」。そして息子は「父さん」「母さん」と呼ぶ。孫がもし生まれたら、「とう」「かあ」と言うようになるのかもしれない。

それは他人事ではない~6/9/2001・k162

 やりきれない事件である。真っ昼間の小学校で、何でこれほどまでの暴力がふるわれ、幼い生命が失われなければいけなかったのか。いたたまれなく、また救いようのない気持でいっぱいになる。
 わが子が犠牲になっていたとしたら、いやわが子でなくて良かったと思われた方も多いだろう。

 しかし、落ち着いて考えてみてほしい。この事件は尋常ではないし、子どもを亡くされた親御さんの気持を理解することもむずかしいかもしれない。だが、地雷で死ぬ子どもも、餓えて死ぬ子もこの世界には現実にいるのだ。

 私たちの日常生活の中でも、いったい何人の子どもたちが、毎年交通事故で命を落とすことだろう。そしてそれは、車を運転するごく普通の市民が加害者になり得る、よくある事件になってしまっている。
 また、虐待や放置によって死ぬ子どもたちも、これまでに何人もいた。いじめで自殺した子は、ただの弱虫だったのだろうか。

 私たちは事件の特殊性の報道にのみとらわれず、この世の至るところに危険は潜み、自分もちょっとした不注意から、加害者になったり、被害を未然に防げなかったりするということを思い知る必要があると思う。

Then and Now : 池田小事件について書いた文章だったと思う。やっぱりひとこと具体的な記述がないとわからなくなる。熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。何人死んだかより、何故死なねばならなかったの方が重要であるということでもないだろうが、「身近な死」の方がより重大であるとは言えるだろう。しかし、そこから考えを拡げ、始めるべきことは確かにある。

2004年8月 5日 (木)

横尾忠則さんへの手紙~6?/?/2001・k161

 私の中学、高校時代(1970年前後)、私のアイドルは、横尾忠則さんでした―分野別にそれぞれアイドルがいましたが。
 横尾さんの中学・高校時代の美術~アート分野でのアイドルは、どなただったでしょうか、教えて下さい。

Then and Now : 熊本市現代美術館のプレ・オープンのイベントで、横尾忠則さんのトーク・ショーというのがあった。そのために、百の質問の募集があって、上記のようなつまらない質問を送ってしまったのだが、おかげでイベントには参加できて、レセプションでは話をすることも出来た。
 高校時代、松本隆さんに会ったときと違って、かなり落ち着いて話すことが出来たが、話題は細野晴臣さんのことになってしまって(横尾・細野のコンビで『コチン・ムーン』というアルバムを作っている)、最近もたまには会うことがあるという証言を引き出した。横尾さんに厚かましくも、二人のコンビで、CMを作ってもらうのが私の年来の夢だと語ったのでした。
 ま、その会社も無くなってしまったので、ついに無用の夢に終わったのだが。

2004年8月 3日 (火)

「週刊クンタキンヤ」~6/7/2001・k160

■ジョン・レノンのテニス・シューズ
 高校生のとき、読売新聞で、ジョン・レノンのテニス・シューズについてのコラムを読んだ。
 多分「ライブ・ピース・イン・トロント」というプラスティック・オノ・バンドのコンサートのときの話だったと思うけど、白のスーツと、素足にテニス・シューズというのが、当時Hipの極みだったように思える。
※「ヒップ」は、かっこいいの意。で、確かその文章の続きには、でも綿のソックスと、まめに洗って清潔にしておくこともオシャレのポイントって書いてあったな。

Then and Now : なんで、こういうどうでもいいことを良く覚えているかというと、折にふれ、そのことを思い出すから、記憶の更新がなされるということに違いない。しかし、コットン100%のソックスを洗濯機で洗うと、すぐクタクタになったものでした。
 因みに、エルトン・ジョンの「ミッドナイト・クリーパー」というお下品な曲は、「テニス・シューズを履いて1マイルも歩いた/ティナ・ターナーはハイウェイ・ブルースをくれたけど」という、これまた忘れられない歌い出しであります。

2004年8月 2日 (月)

映画『風花』、とりあえず「ロード・ムービー」~7/15/2001・k159

 名づけて「とりあえず、ロード・ムービー」、他に言いようがない。東京から北海道に行って、そこで車に乗って、色んな人たちに会うから。主人公たちが、時間的ロード(負荷)を背負ってるから。

 だけど、今や「ロード・ムービー」ってのは、気の利かないセールス・コピーになってしまったようだ。

 これまでCMで見るたびに嫌なヤツだと思い続けていた浅野忠信が、結構イイ奴に思えてきたところが最大の収穫か。

 世をあげての小泉人気の今年、元祖アイドル小泉は、多少、年食ってもやっぱり「今日」に生きるから「今日子」なのでした。

 何ともだらけたストーリーながら、少しばかりハッピーに終わるエンディングは、あれはあれで良かったかな、と思う。

 ホント、酔っぱらってるときの浅野は面白いんだが、勤務中の非人間ぽさが描かれていなかったのが、惜しまれる。

Then and Now :相米慎二監督の遺作になってしまった。もっと生きたかっただろう。あれで終わったら、相当くやしいと思う。でも人生はそういうものだ。
熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。筆名:嘆きの仮面ライター。

2004年8月 1日 (日)

「週刊クンタキンヤ」~5/13/20011・k158

 桑田佳祐もカバーしたことのあるクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「雨を見たかい」が流れるクルマの広告。二男のリョウ(9歳)に
「モノより思い出、っていうけど、思い出よりモノだよな」
と水を向けると
「もちろん。だって思い出って、時間がたてば、作られるもの」だと。
さすが、わが子。
 親の思い込みで、思い出づくりなんて意気込まなくても、少しくらいはこんな親父のこと、覚えててくれるだろう。
 ――――・――――・――――・――――
 ところで、糸井重里が、新刊で「ほぼ日刊イトイ新聞」を何で始めたかについて書いているが、ほどほどにレイドバックしてるものの、結構「熱い」です。見直した。

Then and Now :「くまにち・すぱいす」不採用。なんか嫌なことでもあったのか?って感じ。
糸井重里さんは、何て書いてたのだろう。立読みだったと思うので、不明。「晴れた日には永遠が見える」に役立ちそうな気がするんだけど。

『交通安全教育指導の手引き』~7/21/2001・k157

 熊本大学での総合講座がこの本のもとになっている。これほど充実した内容の実践的な教養教育が以前から行なわれていたことは、驚きであり、また誇らしくも思えた。

 自動車工学や法医学から見た交通安全、応急救護の実技などを学ぶことで、学生たちが卒業後、各方面で交通安全の指導者になることができれば、多少時間はかかるが、そのことが悲惨な事故を減らす確実な近道であるはずだという信念が、いたるところで読みとれる。

 残念なことに交通事故は、技術的な未熟さより、精神的(人格的とも言える)弱さから引き起こされやすい。それを知ることが大事なのだが、規制緩和の名の下に免許更新の期間は延長、簡略化され、交通安全への取り組みはスローガンと取締りに集約されていく。

 いのちを大切にすることや自分をコントロールすることは、ここでも教育の根本に変わりないことを多くの人に知ってほしい。

    『交通安全教育指導の手引き』
        恒成茂行編  勁草書房刊 3000円
     
Then and Now :平成13年8月5日付 熊本日日新聞「私の3つ星」掲載。私たちの生活経済は、物流の上に成り立っている。販売価格を下げるためには、輸送経費を低く抑えることも必要だが、それは過積載や過重労働につながりやすい。快適な生活は、そういう土台の上に成り立っていることを忘れてはいけない。交通事故で、全人口の半分の人が亡くなることはないけれど、あなたの大切なひとが犠牲者のひとりにならないとも限りません。

映画『秋刀魚の味』~5/3/2000・k156

 とある自主上映会で見た。小津安二郎監督の遺産で、昭和37年の作品である。当時の風俗がまず一番に楽しめる。あの頃とてもモダンだったであろう公団住宅での暮し。冷蔵庫を持つことはステータスだったようだ。戦争の影もまだ残っている。

 お話は、娘(岩下志麻)を嫁にやる父親(笠智衆)の気持にまとめられてゆく。テレビのホームドラマでのちに多用されるパターン。そこで注目すべきは、娘24歳で、結婚適齢限界と見なされていることである。平均寿命も今より短かっただろうから、そういうものかもしれない。

 新作が次々に封切られる中、古い映画を「現在の目」で見るということ。昔の作品を大事にしないような国で、本当に良い、新しいモノが作られるはずがない。映画もそりゃ商売に違いないけど、文化として尊重しているかどうか、この差は大きい。産業として成り立つには、やはり愛がなければ、と私は思う。

Then and Now : 大津キネマ倶楽部で、毎年春に自主上映会をやっています。小津安二郎シリーズの中の1本でした。
 益城町では、文化会館が自主事業で続けていますが、話題作に限らず、一定の観客が見込めるのは大変素晴らしいことだと思います。熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。

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