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2004年7月 4日 (日)

交通法規の存在意義~9/7/2000・k131

 人のいのちは地球より重いと考えておられるあなたは、車を運転するとき法定速度を守っていらっしゃいますか。

 車は短時間にここから、あそこへ移動するための乗り物です。そして事故は、車の駆動力を完全には制御できないから起きるのです。つまり、交通事故防止は車にとっての最大の武器であるスピードを、いかに人間の能力の支配下に置くことができるかにかかっていると言えるでしょう。

 シートベルトの着用が、万一のとき、相当な確立で死亡事故を回避することは統計的事実です。しかし、事故自体を起さないことが優先されるべきであることは当然です。

 お年寄や子どもたちは、自分で運転する機会が少ないから、加害者より被害者になりやすいだけです。ふいの跳びだしとか、素早く動けないという理由で、お年寄や子どもにだけ事故の責任を押しつけていいものでしょうか。

 また、車同士の関係も交通法規によって、円滑に働くようになっていたのではなかったでしょうか。いかに人を出し抜くかを車の運転で競い合うわれわれは、どんな良い車に乗ろうとも、お互いの品性の下劣さを自慢しているとしか思えない今日この頃です。

Then and Now : 平成12年9月14日付熊本日日新聞「読者のひろば」掲載。こういう文章が載ると、熊日も捨てたものじゃないなと感激します。これでもかなり抽象化して、露骨な表現は避けているつもりです。そのために、肝心の部分がぼやけているのかもしれません。
おそらく、自動車メーカーの安全対策・技術革新が、運転者の危機回避能力を補完する方向にばかり行ってしまい、人間不在のメカになってしまうことに対して、ひとこと言いたかったのでしょう。

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