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2004年7月31日 (土)

一般の部A「親として、地域の一員として、先輩として」 題「学校は好きですか」①~?/?/2000・k155

 私の祖父が、小学校に上がる前(おそらく100年と少し前)のことである。自分の兄が学校で勉強しているのがうらやましくて、毎日窓の外から授業をのぞいていたら、ある日先生が「そんなに勉強したいなら、お前も中に入れ」と教室に入れてもらったという話を幼いときに聞かされて育ったせいか、私は「学校」が好きだった。学校で「勉強する」ことも好きだった。

 私には現在、小学6年生と3年生の二人の息子がいる。「学校は好きか」とたずねたことが、何度かある。返事は「好き」だった。それ以上でも以下でもない。どこが、かを詳しく聞きたいのが親心なんだが、そんな質問にはあまり取り合ってくれない。

 40歳を過ぎて、学校に通っていた頃が特別なつかしくなったわけでもないが、当時の先生方の消息を聞くと、とても会いたくなって来て、訪ねてみた。先生の記憶に残っていただけで出かけた甲斐があったというものだ。

 自分が生徒だったときには、先生方は教師であり人生の先輩だった。今もそれは変わりなく感じられる。しかし、私自身、父親になったということの意味は大きく、先生との距離は幾分近づいたような気がする。

 私は教師という職業を選ばなかったけれど、「子育て」においては現役である。だから昔の話より、今の話をする方がうまく喋れる。昔の未完成品だった自分の、背伸びしていた頃のことなど、正直言ってあまり触れたくない気持も少しはある。

 ここから、小学校のPTAで広報委員をやった話。そう言えば、私も小学生のとき作文とか日記とか、好きだったわけではない。提出に迫られて、母の指導のもと、嫌々ながら書いた読書感想文が入賞したり、作文が学校の文集にのったりしたくらいだ。

 たとえば『猫とオルガン』なんていう本は、ちゃんと読んだ記憶すらないんだが、おそらく母と対話しながら私が書き取るという方法で仕上げられたんだと思う。大水が出て、池の金魚が逃げ出した事件は、はっきり覚えている。しかし、これも私の切れぎれの言葉を母がまとめてくれて、それを清書したものだった。縁側で寝っころがって書いたような気がする。  【②に続く】

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