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2004年5月30日 (日)

本を所有するということ~6/?/1997

 私は本を読むのが遅いので、経済的に許されたとして、欲しい本を全部買ったとしたら、読まない本がどんどん増えるだけではないかと思う。それでも書店で見かけて、パラパラっとながめるだけで、「いつか君は僕のモノ」だなんて心に誓う。本を所有するということは、世界の一部を所有することででもあるように。

 私の頭の中には理想の本棚があり、その架空のモデルをなぞるように本を集めたいと思っている節が私にはあった。しかし、最近は読んだ本を取っておくより、自分が面白かった本をピッタリの誰かにも読んでもらいたくて、その誰かに譲ってあげたくなる。書物に書かれていることは知識であり、ファンタジーであり、我々をつなぐ何かなのである。

 文章を読むことは作者との対話であり、また自己との会話でもある。そして一冊の本を通じて、また別の誰かとも共通の話題を持てるし、お喋りができるというのは素敵なことだ。

 我が家にはそれ程たくさんの本を置けなくても、よく立ち寄る本屋があり、図書館があれば、それらは自分の書斎のようなものである。まずは、いま買っておかないと、図書館でもお目にかかれなくなるような本か、飾っておいて自分のテリトリーであることを意識できるような本を買って、いつかそれらを自分の息子が読んでくれたらと思う。

Then and Now : 合志町の「図書館まつり」のために書いたのだろうか。よく憶えていないが、この頃から、「所有」にこだわらなくなったのは事実。架空のモデルには、リチャード・ブローティガンとカート・ヴォネガットがあった。学生時代の流行りだったからだ。
で、いま保存に入っているのは、小泉今日子と本上まなみのエッセイか。村上春樹はあんまり本を出すから追いつかなくなって久しい。成長してきた息子たちは、趣味嗜好がまったく違って育ったので、当時の思いは、今のところ世界の幻想文学てな趣き。そんなもんだ。ハイホー。

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