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読みたい本だな

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2004年4月の20件の記事

2004年4月27日 (火)

TVドラマ「魔女の条件」1999?

「魔女の条件」で未知(松嶋菜々子)の妊娠が発覚した夜、ナイター中継で30分遅れてスタートしていた「アフリカの夜」では有香(松雪泰子)がやはり妊娠していたことがわかった。

 ドラマの展開上、ある程度意味のあることかもしれないけど、あまりに安易に子供が出来る設定が使われていると思いませんか。

 ピルが解禁されたら、ピルも小道具のひとつとして、深い配慮もなしに使われることだろう。コンドームをひけらかしてた「GTO」の鬼塚先生が、えらく立派なやつに思えてくるほどである。

Then and Now : ピルに関しては、まだ小道具として使われるドラマを見たことがない。コンドームについても、以後見かけないようだ。ドラマにモラルを求めたら、成立しないだろう。
週刊「ザテレビジョン」の「ボイス・ボックス」欄、不採用。

「週刊クンタキンヤ」4/20/1999

 道路工事の現場に立っているガードマンの方。テキパキとした誘導をする人もいれば、自信なげな人もいるので、どういう教育を受けておられるんだろうと思っていたんですが、熊本市内の、とある現場を通りかかったところ、いましたねえ団体で。

 ムラサキのユニホームのガードメンが20人あまり、一様に手を上げ下げしてました。一瞬驚いて、なんか笑ってしまいました、申し訳ないですが。

 反対側にも10人ぐらいいてクルマを止めている様子は、かなり古いけど、YMOの「増殖」。がんばって早く一人前になって下さいね。

Then and Now : 「すぱいす・ほっと」不採用。このとき丁度信号待ちだったのでカメラを構えたが、信号は待ってくれない。写真は、ロング・ショットの隠し撮りみたいで、あの迫力は写し取れなかった。

2004年4月24日 (土)

「村上春樹さんへの手紙」① 初夏?/?/2001

拝啓。
 ananに「村上ラジオ」を連載中には、anan編集部気付でお手紙を差上げたことがありますが、御覧になられたでしょうか。
 どういうご縁でか、当地では、西部ガスという都市ガス供給会社のPR誌に村上さんのエッセイが連載されていまして、またお手紙を書こうと思った次第です。

 用件を単刀直入に書きますと、私の住む熊本県菊池郡合志町では、毎年11月頃に町立図書館で「図書館まつり」というイベントをやるんですが、今年のまつりに是非御参加願えないだろうかというお願いです。

 何故、村上さんが九州の片田舎まで、わざわざ来なくてはいけないのかという必然性はまったくありませんし、私達の方にもお願いするに足る大義があるわけでもないのですが、ある種の「まちおこし」のイベントであると同時に、大げさに言えば図書館の役割というのは、わが町においてどういう意義があるのだろうということを考える機会にしたいと思っています。(②へ続く)

「村上春樹さんへの手紙」② 初夏?/?/2001

 町民が望む箱物として、となり町とそのとなり町で、今年から来年にかけて、二つの図書館が作られます。子どものために本を読み聞かせようというムーヴメントの奥には活字離れを憂えるというよりも幼児教育の一種というのが当っていそうな気がするんですが、もちろんそんなことは口に出せません。
 いずれにしても図書館に少年少女が集まってきたり、年輩の方も来られたら楽しいことです。そしてわれわれのような働く世代も。

 そこで、というあんまり関連性はないんですが、11月の4日か5日頃(実はまだ正式に決定していません)に、九州まで来て頂けないでしょうか。図書館について語って頂きたいんです。それだけです。御検討ください。
 いきなり不躾なお願い、御容赦下さい。
費用のこともありますので、前向きにお考えならば、御連絡をお願い致します。

村上春樹 様
 
Then and Now : 厚かましい手紙を書いたものだ。西部ガスを通じて、PR誌の編集プロダクション経由で本人のもとへ届いたと信じたい。新作の執筆で海外に行くこと、このような依頼は公平を期すためにすべてお断りしているという旨の返事を、確か編集プロダクションの方から頂いた。
 で、そのとき準備されていた新作は「海辺のカフカ」となって結実したので、ま、図書館絡みということで、後付ながら所期の目的は達せられたということにしておこう。
 それにもし私が、村上氏の立場だったら、やっぱりこの依頼断っただろう。他にやること一杯あるし、作品を通じて理解してくれというのが、プロの作家のはずだ。

「バス(離れ)ストップ!」2/24/2001

 本紙連載「バスは残るか―自由化の迷路」を読んで、バス事業者の経営の苦しさはよくわかったのだが、利用者を増やすためには、もっと知恵をしぼる余地はあると思う。

 これまで事業者は、交通渋滞で定時性を確保できないから、利用者離れが起きているという言い逃れに終始されていたように思う。しかし、私は最近博多のバス停で、その路線の通過バス停とそこまでの料金が併記された表を見つけ、このサービスがどうして熊本にはないのだろうと感じた。乗ったあとで、整理券と料金表示で確認できるからいいというのでは、新たな利用者の開拓はできないのは当然だ。

 知人と一緒にバスに乗る機会があったとき、彼は「自宅までいくらかかるか、わからない」ので、と小銭の心配をしていた。当然バスカードの存在も知らなかった。そういう人達にバスの便利さを、乗って初めてわかってもらうには、それなりの工夫が必要であるし、そこにしか活路は見出せないのでは。

 100円バスも大いに結構である。しかし、目的地まで、どの路線をどう乗り継げばいいのかという案内は、ないに等しい。それが最善の方法とは思えないが、西鉄バスにはiモードで、そのサービスをやっていた。今の時代、当たり前すぎだが。

Then and Now : これを読んで、これ前にも「晴れた日には永遠が見える」で読んだぞ、と思われた方、この一文は自信作だったにもかかわらず、熊本日日新聞「読者のひろば」で採用されなかったので、手を代え品を替え、同様テーマで書き続けたからであります。それにしても、この内容で3年前。まったく改善する意欲のないバス事業者には、赤字補填など公的資金を導入すること自体が間違っているような気がします。 
 もうひとつ、バスは地方の乗り物という認識が一般的ですが、それは誤りなのではないか。地方においても、都市型の採算性で以って構築しようとするから、地方のバス事業はうまく行かないのではと考えます。否、ちょっと思いつきました。

2004年4月21日 (水)

「週刊クンタキンヤ」11/1/2000

 クルマを運転していて、信号待ちや渋滞のときなど、街角の様子や歩行者、反対車線のクルマなんかを観察しているんですが、先日気づいたことがあります。

 女性は母親になると、一般的に強くなると言われますが、それは歩く姿勢に現れるのではと思われます。
 お腹が大きいとき、女性はどうしても胸をそらし、背筋を伸ばし、言うならお相撲さんみたいな歩き方になるみたいなので、それで自信たっぷりで強くなったという印象を与えるようになる、というところに事の発端があった―ま、どうでもいいことなんですけど。

 元気なお子さんを産んで下さい。女の苦労もわからず、いい気なものだと言われるんだろうな、多分。

Then and Now : 「くまにち・すぱいす」受けを狙ってますね。で、見事に不採用。これで、めげていては投稿なんて出来ません。でも面白いと言ってくれる人がいるかもしれないので、採録しました。

2004年4月20日 (火)

「週刊クンタキンヤ」11/1/2000

 銀行とか郵便局、病院で、順番が来て名前を呼ばれたとき、返事をする人は少ないですね。
 他の人が声を上げないのに自分だけ「ハイ」というのもなんか変だから、ただ黙って受付に行く、ということが度重なって「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」の声だけがやたらと響くようになるというわけです。
 
 多分、職業的にあいさつの言葉を明るくハッキリと言ってる彼女(彼)らも自分がお客様になったら「ハイ」と答えていないんじゃないでしょうか。

 それでいて、子どもには「ちゃんと返事をしなさい」としつけるのも片腹痛いって気がしますよね。

Then and Now : ただ、公衆の面前で名前を呼ぶということが、プライバシーの侵害に当るという風に考える人もいるかもしれない。ま、それと「ハイ」は問題が別か。たいしたことではありませんね。「すぱいす・ほっと」不採用。

2004年4月19日 (月)

熊本東法人会青年部会会報「Only 1」2001年?「7月17日 税制委員会・税の勉強会の報告」

 前東税務署長・村上憲央氏による税の勉強会を期待と不安が入り混じった気持で迎えましたが、始まってみれば、肩のこらない話と、本気なのかジョークなのか判断がつきかねるような独特な語り口に、引き込まれてしまいました。

 それは、国税局長官表彰を何度も受けられた税務署長だったので、実績に裏づけられた自信から来るものなのかもしれません。マラソンで身体を鍛えていらっしゃるせいもあるでしょう。

 業務上の様々の工夫、まずお客様と同じ目の高さで応待すること、名札を大きく見やすくすることなど、これまで行われていなかったのが不思議なくらいですが、そういうところから改善は始まり、ひとりひとりの意識が変わっていくもののようです。

 税金をきちんと納めてもらうために努力する税務署員の方々がいる一方では、人の金と思って、湯水のような使い方をする公務員もいる。「役人の仕事の評価は、ポストを与えられることしかない」と村上さんはおっしゃっていました。そして上に登ればのぼるほど、ポストの力と、自分自身の実力を混同してしまう人もいるのでしょう。

 また別の機会に違った角度から、楽しくてためになる話を聞かせて頂きたいものだと思いました。

Then and Now : 依頼された文章は、苦手である。依頼者の意を汲むのに必要以上に気を使うからかもしれない。悪戦苦闘しながらも、自分の普段考えていることを織り交ぜようとしているところに好感が持てる(自分で評価するな!)。

2004年4月18日 (日)

「ボイスボックス」1/9/2001

 博多で、バス料金を100円均一にしたら、利用者が増えたとのこと。若い女性が特に増加したらしく、バス会社の人も驚いたらしい。おそらく、TVドラマ「バス・ストップ」の影響があったと思われる2000年の出来事。

 今年はキムタクが、月9で検事をやる。ほお、主題歌は宇多田ヒカルか。法曹改革が進められようとしている時節柄、弁護士物では「アリーmyラブ」を超えることはむずかしい。検事を主人公にというのは着想がシャープだった。
 司法試験をめざす若者が増えるということはないだろうけど、社会正義に目覚める若者が増えてくれたらいいなと思う。

Then and Now : 週刊「ザテレビジョン」の「ボイスボックス」欄不採用。採録するのが恥ずかしいけど、私の作文パターンが良くも悪しくもよく出ている。ところで「バス・ストップ」って、どんなドラマだったのか。

2004年4月17日 (土)

私の熊本城」アイデア・提言募集①~8/31/1996 

 あまり建設的な考えとは言えないが、熊本城というものは、何も手を加えない、そのまま、あるがままにしておくべきだと私は思う。
 二の丸広場でイベントをやるなどということは、以っての外である。常設的なものでなければ、大金を投じたスーパー・テーマパークに到底太刀打ちできるわけはないし、それならいっそ潔く、熊本城の持つ荘厳さ、静けさ、重厚長大さを最大限に生かすべきではないか。

 そのために私が提案するのは、一種のタイムスリップ空間を城内に作るということである。
 武士や腰元が城内で江戸時代そのままの生活をするという映画村的発想には違いないが、決して観光客と一緒に笑顔で写真に収まったりはしない。彼ら江戸時代の城内生活者には、観光客の姿は見えないという設定からだ。

 観光客は自ら透明人間と化し、言い方は悪いが、江戸時代の生活を覗き見るだけである。そうすると自然と団体客につきものの騒々しさは消え、セミの声の降りしきる中、ザッザッザッという足音だけが残るであろう。
 諸々の解説は、FMを使ったヘッドホンで聞いてもらう。質問は場外へ出てから、インフォメーションセンターで受けつける。そこでは、熊本城が舞台となったり、ロケに使われたりした映画やテレビ番組が、ビデオシアター形式で常時5種類くらい並行して上映されている。(②に続く)

「私の熊本城」アイデア・提言募集②~8/31/1996

 同じ空気を吸ってはいるのに異次元の世界。息を殺して城内で過ごす1時間なり、2時間は、人によっては緊迫したひとときであろうし、またある人にとっては、心身ともにその時代の大気の中にとけ込んでしまうような、ある種のテラピー効果があるかもしれない。

 結局今の時代、こちら側の人間が熊本城をこうしよう、ああしようと画策するより、生(き)のままの食材をナマで食べるもよし、それぞれの想像力で料理するもよし、というような場、あるいは空間を提供することの方が大事なのではないか。

 空想(ファンシー)は、自由(フリー)であり無料(フリー)である。しかし現実から遊離した時空を体験するのだから、採算に見合う額でチケットを買って頂き、それ以上の貴重な体験をしてもらうわけです。安価である必要はないし、金利や物価で変動してもかまわないでしょう。
 お城の中は成長率ゼロの社会でも、少なくとも入場門までは現実にお金が動き、日々是相場の世界なのですから。

Then and Now : (財)熊本開発研究センター主催で、熊本市お城まつりの協賛事業として、平成8年に行われたもの。当然、選外。ヒラメキの人であることを我ながら実感します。
平成16年現在、熊本城に関しては、復元工事が粛々と進みつつあるだけで、活性化に抜本策はない、こともないんだろうけど、観光立市は一筋縄では行かない。

2004年4月13日 (火)

「週刊クンタキンヤ」2/5/2000

「週刊クンタキンヤ」というタイトルをつけて、投稿を始めたころ、糸井重里氏は、インターネットで、「ほぼ日刊イトイ新聞」というホームページを開かれた。もちろん、マネしたのではなく、「すぱいす」が週刊だったから、それに合わせただけのことです(弁明)。

 それから月日は流れ、先日、とある書店で私は「月刊松山」という雑誌を見つけた。こちらは、松山千春氏が、語りおろすという体裁で、内容はともかく、村上龍に影響を受けたのではないかと思われる。

「週刊クンタキンヤ」について言えば、当初は本気で毎週、つまらなくてもいいから書き続けようと思っていたのに、やっぱり世間体に絡めとられてしまった。

Then and Now : とか何とか書きながら、整理してみて、その一過性の内容と数の多さに、我ながら感心する。これは「すぱいす・ほっと」不採用。3月に『第22回新風舎出版賞ノンフィクション部門』に「週刊クンタキンヤ」のタイトルで応募していたところ、1次審査に続き今日、2次審査通過のお知らせが郵送で届いていた。6月の最終審査結果発表までは無事生き延びていたいものだ。

2004年4月10日 (土)

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ~老いを恐れることはない~5/24/2000

 谷村新司や堀内孝雄が90歳ぐらいになっても歌い続けていたら、こんなふうかもしれないと思った。でも少し違う。それは大上段に構えた人生の歌なんかをソシアル・クラブの連中はうたわないからだろう。

 老いを隠すことはできないが、青春そのものみたいなラブ・ソングを奏でるとき、まるで現役で、若い頃よりもずっと瑞々しいんではないかと思わせる。新曲なんていらない。誰かが作り、歌い継がれたレパートリーで十分なのだ。名手ライ・クーダーのスライド・ギターにして、クラブの面々の演奏には蛇足という感じ。
 
 それでもやっぱり、ミュージシャンとして、どうしてもカタリたかったんだろうなって気持もよくわかる。ちなみに大学教授みたいに見える彼と私は、誕生日が同じである。
 それから、キューバ音楽の魅力のひとつに掛け合いマンザイならぬ、掛け合いソングがあったこともよくわかりました。

Then and Now : 熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。この映画については、賛否両論あった。私も評判ほど面白いとは思わなかったが、本文に書いたように、何かしら見つけるものはある。ライ・クーダーについても誕生日の件があるので、不当に言われると可哀相になって...ブエナ・ビスタというのは、ディズニー映画の配給元の名前から取ったのか、そういう地名が元々あったのか、どちらでしょう。日本語で言えば「美しき天然」ですね。

「パーク・アンド・ライド」社会実験について~?/?/2000?

 昨年の9月から、JR豊肥線を利用した「パーク・アンド・ライド」についてのワークショップが開かれ、今年に入ってからは実際にやってみる社会実験が行われました。私は、ワークショップに参加した者として、その成果について書いてみようと思います。

 パーク・アンド・ライドは、駅周辺の駐車場に車を置き、公共交通機関を利用して通勤するので、近隣には車の流入が増え、環境が悪化することが予想され、特に武蔵塚駅周辺の住民の方には、自分たちが犠牲になるという印象が強かったように思います。
 しかし、ワークショップ(知恵を出し合う会)で意見を交換し合う中で、自分たちの住む町について改めて、多角的に、またより親密に考えてみる良い機会でもあったようでした。それは、原水、大津の会でも同様であったことでしょう。

 今後もこのような勉強会を続けてほしいという参加者の要望もありましたが、車両通行量の増大と、渋滞による社会的損失には、事故による直接的被害や健康への悪影響、地球温暖化などの環境問題も含まれます。
 長い目で見たら、効果的な経済対策にもなるという視点で、交通問題を検討していくきっかけになればと私は思います。

Then and Now : 熊本日日新聞「読者のひろば」不採用。建設省に始まり、国土交通省で終わった、社会実験だった。確か全部のワークショップに参加したと思う。読み返すと、意気込みだけの文章の典型。自己都合で社会実験に参加しなかった負い目もある。
時は流れ、武蔵塚駅がある「武蔵が丘地区」に隣接する「光の森」周辺は、新規出店が相次ぎ、渋滞にも拍車がかかる。近くにJRの新駅が出来たとしても、この渋滞は通勤とは別の交通問題。でもこれを「活力」と考える人も多い。人間の経済活動は、反・自然しかあり得ないのだろう。

2004年4月 8日 (木)

「そして、サウンドはサバイバル~エルトン・ジョン『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』」4/24/2000

 古い話ならまかせて下さい。新しいテレビドラマに、ナツメロというパターン。これは担当プロデューサーが自分の青春時代を懐かしんで、どうしても使いたくなるからなのだろう。

 エルトン・ジョンの「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」という曲は、故ダイアナ元妃に捧げられた「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」のオリジナルと同じアルバムに入っていた。
 初めて聞いたときに、もうすでにある種の懐かしさが感じられ、私は当時の日記に「未来へのノスタルジイ」と書いた。

 T・レックスのマーク・ボランを始め、あの頃絶好調のロンドンでは「オズの魔法使い」がよく引合いに出されていた。エルトンの曲が「虹の彼方に」のアンサー・ソングだと言えば、ドラマ・ファンにはピンと来るところがあるかも。
 いずれにせよ、アナログLPのジャケットの楽しさ、美しさは過去のものに。音楽もデータとして配信される時代。それでも、いや、そしてサウンドは残ったというべきか。

Then and Now : 確か「陽はまた昇る」とかいうタイトルのドラマの主題歌のこと。熊本日日新聞の「私にも言わせて」不採用。400字制限なので、思い余っている。「そして、サウンドは残った」という文章を書こうとずっと思っていたのに、結局これではあまりうまく行ったとは言えない。
「未来へのノスタルジイ」については音楽評論家の小倉エージさんが、イーグルスの「テイク・トゥー・ザ・リミット」について書かれていた感覚に近いものだろう。ストリングス・アレンジが似ているという共通点も。
 最近では、クイーンがよく使われているが、ヘタな新曲を制作させるより、安価で、安全(ロー・リスク)というのが一つの理由かもしれない。

2004年4月 7日 (水)

「週刊クンタキンヤ」4/13/1999

 今週は二男の話。
 彼(7歳)いわく、ステゴサウルスは、脳みそが小さいってバカにされるけど、それもそのはず、ティラノサウルスにガブッてかみつかれて、「痛ッ」てわかるまでに10秒もかかるそう。だから「バカにされてもしかたがないよね」

 もう一題「続・ステゴサウルス篇」
 二男のリョウ(7歳)いわく、ステゴサウルスは脳みそが小さくて、痛いってわかるのに10秒かかるっていうんだけど、アロサウルス10匹におそわれたら、10秒たたないうちに死んじゃって「痛い」って感じるヒマないって。

コメント:「すぱいす・ほっと」に投稿。不採用。当時、結構面白がって書いたのだが、今読み返すと、かなりブラック。将来、遼が何か問題を起した場合、きっと引用されるであろう。

2004年4月 6日 (火)

「週刊クンタキンヤ」?/?/1999?

 自転車の前とうしろに子どもを乗せた、3人乗りのお母さんをたまに見かけると、大丈夫かなと危惧する反面、それが危なくないような歩道を提供できない道路行政も貧困なのではないかと思う私ですが、今日は正直言って驚きました。

 何と2歳くらいの子をエアバッグがわりに運転している女性がいたのです。他には何も言いません。ただ、貴女に神のお恵みを。

コメント:おそらく、「すぱいす・ほっと」に投稿したものだろう。不採用。当時、自転車が歩道を走ることを容認していたようだ。だが、中心市街地の歩道を歩くことが多くなった今、歩行者を無視した自転車乗りの傍若無人ぶりに立腹する毎日である。

2004年4月 4日 (日)

「週刊クンタキンヤ」3/9/1999

 3/9放送のセクシイ歌謡、「セクシーとアイドルは、両立しない、それはスチュワーデス刑事と同じだ」とおっしゃったとき、私はクルマを運転していて大笑いしてしまいました。対向車に見られたら恥ずかしいですよね、これは。

 ところで当時のセクシイ歌謡というのは、フランス映画風というかヨーロッパ・テイストですよね。最近の邦楽ヒットは、言うなら「ハンバーガー帝国主義」か「ジャンクフード・ボーダーレス」が、いわゆるデファクト・スタンダード化しているようです。

コメント:5年の歳月は、世の中をこんなに変えてしまうのか。セクシーとアイドルは両立するし、ハンバーガーはBSE以来、長期低落傾向にある。デファクト・スタンダードは「世界標準」と言い換えられるところだろうが、世界標準という考え方自体がもうすでに旧式になりつつある。
 そうそう、セクシーとアイドルは元々両立していた。そう受け止めるかどうかの問題だったことを2004年の今、感じます。例えばアグネス・ラムは、昔私のアイドルで、「アギーは恋人」という曲も作ったけど、その当時セクシー・アイドルと私自身捉えていなかったにも関わらず、一般的には「セクシー・アイドル」と見なされて当然だろう。ということと、うんばば中尾さんが、「やるざんす」で語ったことは、おそらく少し違うとは思う。

2004年4月 3日 (土)

「還暦を迎えたら、ジョンは?」 ?/?/ 2000

 ジョン・レノンがもし生きていたら、今年で60歳。ミュージアムも出来たし、CMにまで出演(?)しているのを見るのは、自分が確実に年を重ねているだけにどこかなじめない。

 音楽にとどまらず、生き方にまで影響を与えたビートルズが解散したとき、その原因の一つにポール・マッカートニーの「マイホーム主義」が挙げられていたことを覚えておられるだろうか。
 音楽活動を休み、家族との時間を大切にしたいだなんて、ファンに対する裏切り行為だと見なす風潮が確かにあった。ビートルズが巨大な産業になり、たくさんの人々が彼らにあやかる仕事から、収入を得るようになっていたことの意味も大きいが。

 自分らより上の世代の「マイホーム主義」を批判していた私達であったが、いつしか家庭をもつという立場になっていた。家族の存在を心の支えに、仕事に打ち込んでいるという人もいるだろう。しかし彼の妻子は、その仕事の犠牲になっていると感じているかもしれない。

 ジョン・レノンも家事・育児に専念した期間があった。経済的な成功があったから、それが出来たと言ってしまうのはたやすいが、子育てに関われる時期は人生においてそう長くはなく、それは誰にとっても同じくらいの長さである。
 ビートルズが教えてくれた、もう一つの真実であると最近思うようになった。

コメント:熊本日日新聞「おとこの目」欄、不採用。当時、建設会社に勤めていたので人と住まい、家族について考えることが多かった。自分の子どもたちも成長してくるしネ。藤原智美さんに影響されたのかもしれない。

2004年4月 2日 (金)

映画『秘密』をTVで見る~4/24/2001

 世に不運な映画というものが確かに存在する。広末涼子主演のこの映画『秘密』がまさにそうであるな、と日曜の昼下がりにテレビで見ていて、そう思った。

 東野圭吾の原作を読んだとき、すでにヒロスエ主演で映画化されるという話を聞いていたので、主人公のイメージは彼女以外に考えられなくなっていた。それは原作者自身が彼女のファンだそうだから致しかたない。
 映画というのは、短くても半年ぐらいの日数が製作に必要とされるので、人気絶頂の頃に企画された、タレント人気にあやかった作品は、公開されるときにはちょっとキツイところがある。この映画、なまじ良く出来たファンタジーなだけに、不運さはよりつのる。

 洋画だったら、カルト・ムービーになる要素があるんだけど、戸惑う父親役の小林薫ともどもCMのワンシーンみたいな作りが多いように感じられた。にしても女心がすごくよく描けてるから、ビデオを借りてでも見る価値あり。

コメント:熊本日日新聞「私にも言わせて」不採用。この映画の脚色を担当した斉藤ひろし氏は、映画「黄泉がえり」で共同脚色のひとりとして、クレジットされている。熊日の夕刊で知りました。

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