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読みたい本だな

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2004年3月の19件の記事

2004年3月28日 (日)

映画「東京物語」を自主上映で観る! /多分2000 

 昭和28年の作品。私の生まれる前の映画だが、描かれる風俗には、幼い頃の思い出に通じるものがあり、懐かしい。だから、ついつい当時の人達の暮らしぶりとかに目が行ってしまい、お勉強してしまっている自分に気がつく。

 商事会社(商社の前身)にだって、壁掛けの電話機が1台あるのみ。尾道から東京に「ハハキトク」と、電報で連絡するしかなく、夜行列車で一日がかりだった時代。ほとんど盛りあがりってものがない展開なのに退屈することもなく、古き良き日常に入り込んでしまった。

 今、日本人であることにどれほどの意味があるかわからないけれど、確実に私たちは、あの頃の日本人の末裔であると思う。
 賀来千香子を初めて見たとき、どこか懐かしさを感じたのだが、この映画の原節子を見て、それが何だったのかよくわかった。
 ノスタルジーってものだ。

コメント:筆名「嘆きの仮面ライター」で、熊本日日新聞「私にも言わせて」に送るも
不採用。この自主上映は、大津キネマ倶楽部主催の映画会のこと。この年まで、
小津安二郎監督の作品毎年1本上映を、10年間続けていた。現在は、山田洋次シリーズに
移っている。

『家族を「する」家』8/27/2000

 厳密な意味で、センセーショナルという形容詞は、マスコミ受けを狙う衝撃的な表現を指すわけではない。それは、人の感情のひだに入りこみ、ジワリと効いてくる奥深い感動を呼び覚ますものであるはずだ。

 私が藤原智美を支持するのは、いたって単純な理由による。英国ロックの雄であった、ザ・フーのピート・タウンジェントと、アメリカのニュー・シネマの旗手だったロバート・アルトマンが自分のヒーローであると語ったインタビューを読んだからだ。
 
 なぜ、という疑問に答えてくれそうな情報は巷間あふれている。そういう時代に自分の考えを真剣に表明することは、ある意味で自分の底浅さを人目にさらすことにもなりかねない。
 それでも批判を覚悟で、何かを伝えねばならないという切実な思いに突き動かされて書かれた「家族についての書物」は一読に価する。これは事実である。それを真実とするには、読者が自分の言葉で考えることに始まるだろう。

コメント:熊本日日新聞読書欄「私の三つ星」不採用。ほとんど、標記の本について触れていない。結局、ヒーローが共通であることで、私自身を売り込んでいるのだった。文章を投稿するときの、自分の決意みたいなものを、どこかで書き残しておきたかったということでもある。

2004年3月26日 (金)

「週刊クンタキンヤ」2/16/2001

 今年の熊本のキーワードは「ユニバーサル・デザイン」ということになるであろう、というと潮谷知事を始め、県庁の担当者は喜ばれると思うのだが、一例を上げましょう。デパートのトイレに赤ちゃんのオムツを取り替えるための台を置くこと、すなわちユニバーサル・デザインか?

 ある建築家の意見では、そもそもそんなに小さい赤ん坊をデパートに連れて行くこと自体が間違っている、と。そう言われりゃそうです。デパートだけが悪いだけではないですが、街の空気は清浄ではないし、そこかしこに危険は転がっています。
 
 安心して子供をあずけられる人や場所がないことの方が、根本的問題ではないかという、ある一つの考えでした。(ま、可愛い我が子を自慢したい気持ちもわかりますが)

コメント:県知事選の真っ最中ですので、コメントは差し控えます。

2004年3月23日 (火)

「早目の点灯のタイミング」12/?/2000

 トンネルを出たあと、ヘッドライトをつけっ放しにしているのを対向車に教えてもらって、気恥ずかしい思いを経験したことがある方も多いと思う。交通安全標語の「早目の点灯」のむずかしさは、そのあたりにありそうだ。
 薄暮時の早目の点灯は、相手が車に限らず自転車や歩行者からも、自分の車の接近を早い時点で意識してもらうことに意味があるのに、おそらく多くのドライバーは、自分が相手を確認できれば、ライトをつける必要はないと考えておいでではないか。それは必ずしも自己中心的な人が増えたということではなく、教育の問題であるように思える。
 相手の立場にあって考えれば「早目の点灯」の大切さはよく理解されるはずだ。
 しかし実際問題として、日は残っていても家の建てこむ狭い道路を走るときなど、気をきかせて点灯していると、消し忘れと勘違いされて合図を送ってこられる方がいる。
 こういった個人の認識のズレを小さくするために私はひとつ提案をしたい。それは路線バスやタクシーの運転手さんに、基本となる点灯を示してもらうということである。天候によっても時間による暗さは違うし、何より日の出が遅くなると、早朝でも点灯が必要な時間帯というものが出てくるからだ。

コメント:平成12年12月21日熊本日日新聞「読者のひろば」掲載。これなど、まさに投稿のための文章だと思う。婉曲に書いているが「早目の点灯」を交通事故抑止啓発の目標に掲げない熊本の公安委員会は、間抜けである、と言いたかったのです。この1、2年やっと横断幕にも登場、タンクローリー車や定期運送便の昼間点灯実施運動の、それに果たした役割は大きい。ただ、早目の点灯の重要性は本来、自動車学校で教えるべきもの。教育とは、そのことを指しています。

2004年3月21日 (日)

映画「バトル・ロワイヤル」12/23/2000

 私は、人がたくさん死ぬ映画というのは好きではない。しかし、人生、生きることの最終到達点が死であることは誰でも同じである。
 中学生が殺し合いをするということだけに目を奪われて、この映画が描こうとしている現実を見誤ってしまう大人がいたら、その人は生きるということの厳しさを自らに問いかけたことのない人に違いない。
 自分が生き残るためになら、人を殺しても平気なのか。少なくともこの映画に出てくる中学生は、ほとんどがまともな精神を持ちあわせていたのだった。友を殺すことより自ら命を絶つことを選ぶ少年と少女。疑心暗鬼にかられ殺し合ってしまう少女たち。脱出するために力を合わせる少年たち。ひとりひとりが実体をもって描かれ、素晴らしく力のこもった映画であった。
 貧弱な政治や大人たちに向って、つきつけられたテーマを私は「愛と信頼」と見た。たとえ今それが得がたいものであるとしても。

コメント:熊日「私にも言わせて」不採用。熊日の担当者が変わると、私の偏向したテイストが通じなくなってしまった。女性にはわからない切実さが、男にはあると思う。今読み直しても、当時の深作欣二監督のこの映画に賭けた思いは変わらなく胸を打つ。自画自賛。

雑誌「ザテレビジョン」VOICE BOX 欄掲載/1993

  「缶コーヒーはオジサン用?」
缶コーヒーのCMキャラクターが渋目の人なのは、オジサン世代の共感を得るためなんですね。キャラクターのオジサンに憧れて、若い女性が缶コーヒーを飲むというシチュエーションは想像しにくいですから。ってことは、缶コーヒーってオジサン用の飲物だったってことですか。そういえば、菊池桃子だって中年ウケするタイプだ…!

  「布袋&山下夫妻が証明 歌はまだまだ健在だ!」
「悪魔のKISS」(フジ系)や「誰にも言えない」(TBS系)のように
センセーショナルなドラマは、見ているとツラくなる。それで今、気に入っているのは「課長サンの厄年」(TBS系)。ごく普通の生活が淡々と進行するだけなのだが、かえって新鮮なのだ。それにしても、布袋寅泰さんの「さらば青春の光」って素晴らしい歌だ。ザ・フーの映画から頂いたタイトルってことで、最初はどうかなって思ってたけど、聞けば聞くほど歌の持つパワーが感じられる。同じ枠で流れる山下久美子さんの東芝のCMソング同様、ああ、歌ってやつがまだ健在だったんだなぁとうれしくなった。

コメント:当時、毎週のように「ザテレビジョン」にハガキを書いていたのだが、それをコピーしてとっておくという習慣がなかったので、ほとんど残っていない。上掲のものは、たまたま誌面のコピーが出てきたもので、あと何通か採用されていたのは確実だ。カットのイラストにH50829とあるので、93年だろうと思う。37歳だったとして、内容からは自分のことをオジサンと思っていないことが窺われる。その後、布袋&山下夫妻は離婚した。あの頃の「ザテレビジョン」には、どちらかといえばインディーズ系のテイストがあって、だからこそ、私の文章みたいなのが掲載されたのだろう。


小泉今日子の露出は実力である

「女性セブン」独走の記事の中で、小泉今日子の芸能界本格復帰という文章があり、長年のファンとしては少々ひっかかりを覚えました。
 彼女が隠居していたというべきかどうかはここでは問題にしませんが、最近増えてきたメディア露出の中でも、日立の白物家電の統一イメージキャラクターをやることになった彼女のスキャンダルは、少なくともスポンサーにとってはあまりありがたくないはず。
 だから、彼女に近い人物が(離婚を)リークしたというのは彼女の「復帰」準備のためにプラスになるとはとても思えないので、ありそうでありえないことだと思います。
 藤原紀香・キムタク・キョンキョンと三人そろえば確かにインパクトはありますが、そのデータの出所が「女性セブン」というのでは―――あ、すごいぞ「女性セブン」とほめてるんだから、個々人のウワサの内容は別にどうでもいいことなんですよね。

コメント:熊日の「私にも言わせて」というコーナーに投稿したものだったと思う。日付を書いていなかったので、2000年頃ということしかわからない。記事についての意見みたいだが、その記事自体をよく覚えていない。今年2月、永瀬正敏と正式に離婚した小泉。38歳になった彼女、私と10歳しか離れていないことに気づき驚く。雑誌「InRed」に連載中のエッセイがすごくいいです。いい意味で老成していく「おんな」の本音が率直に出ていて、読むとうれしくなるんだよね。

2004年3月18日 (木)

「週刊クンタキンヤ」3/2/1999

 いよいよ、チャイルドシート着用義務法制化の運び。規制されないと自主的に身の安全を図ろうとしない愚かさ。衝突しても大丈夫なクルマって、いったい何でしょうね。やっぱり、シートベルトしてなかったら、外に放り出されるんじゃないでしょうか。
 そんな中、ある中古車屋さんの店先に「チャイルドシート引き取ります」というヘタクソな表示を見かけました。リサイクル販売されるのかどうかは存じませんが、こういう心意気が大事だと思います。
 法制化されれば、大量生産されて、単価は下がるかもしれませんが、当然一代限りで廃棄物というチャイルドシートも増えるでしょうから。

コメント:「すぱいす」不採用。本当にまめに書いていました。

2004年3月17日 (水)

クンタキンヤ(3/13/2004)

 長男が、12日に合志中学校を卒業した。雨で寒かった。それでも春の雨は優しいはずだ。卒業証書授与のとき、名前を呼ばれた息子が、ひときわ大きくはっきりした声で「ハイ」と返事してくれたとき、大げさだけど、子育ての集約を感じた。このときのために48年間生きてきたのかもしれないというくらい、感動した。
 ジョン・レノンが残した未完成の曲の中に「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」という歌がある。「ぼくと一緒に年を取ろう」という呼びかけからは、結婚式でうたわれるような歌にしたいと言ったというジョンの思いが伝わってくる。そしてまた、それは、「君とともに」でもあり「彼ら、彼女らとともに」でもある。ただ単に年を取るばかりではなく、人間として成長していくことを多分念頭に置いたであろうジョン・レノンは、人類が大人になることの必要性をも伝えたかったことだろう。
 町に高校がないことにも良さがある。巣立つことの意味を早く自覚できることだ。

コメント:クンタキンヤ最新作。合志町公式サイト掲示板に寄せたもの。そして16日、長男が、私の母校の大津高校に合格した。夢から醒めたら...という気がしないでもないくらいの深い喜びです。今、このときだけでも十分という気さえする、「今のうちだけ」というものかもしれない。

2004年3月15日 (月)

「週刊クンタキンヤ」4/9/1999

 最近、マフラーを改造して、バロバロバルルルルーといわせて得意げなクルマが多いと思いませんか。あれって、単なるオナラ自慢だと思うんです。
 運転している人というか、持主と言うか、彼(彼女)らの自己表現というのは、信号待ちのときに道路に空き缶を立てて残していく程度のことで、犬が電柱にオシッコをかけるマーキングとほとんど変わりませんよね。自分のイメージするかっこよさになりきって満足している彼(彼女)の気持がわからないわけじゃないけど、はた迷惑です。
 あ、うるさく感じなかったり、かっこいいーなんて思う人もいるんですか、実際。

コメント:確かにチューニングされた排気音の、物静かな重低音の響きの美しさというものもある。しかし、多くは、明らかな勘違いだと思う。音は後ろに置き去りにされるものだということを知る必要がある。
おっと、それは元々エンジンの音なのか、マフラーの音なのか?

2004年3月14日 (日)

「週刊クンタキンヤ」3/28/1999

 懸賞マニアの方には水を差すようですが、応募するということは個人情報を先方に公開してるってことなんですよね。
 ま、ビデオを借りても、その人の趣味や傾向を分析されてしまう時代だから、ハガキに書く住所、年齢、電話番号ぐらいで神経質になることもないかもしれませんが。
 平気で年のサバ読むぐらいの図太さがないとやっていけないのかも。
あ、これ常識ですか。

コメント:これは「くまにちすぱいす」。不採用。最近、個人情報漏洩のニュースに事欠かないが、ニュースにも読者、視聴者の耳目を惹きつけやすい時機がある。「流行のニュース」は、販売部数、視聴率に直接跳ね返るから、マスコミもそちらに流れるのか、結果として「謝罪」のオンパレードである。取り上げられ方にもよるが、ジャパネットたかたの社長には少し同情した。

2004年3月13日 (土)

「サッポロ・フツウ・ノ・ラガーヲ求ム」3/28/1999

 私は、ブルーと赤と星マークのサッポロのラガーが好きでした。今、ビールといえば生ばかりですが、本当に「こだわり」があるのなら、あのラガーを残すべきだったと思います。あ、まだあるんですか。全然見かけないけど。
「ハイ・ラガー」が出たときは、見込み違いの甚だしさに悲しくなりました。度数が平均5.5度の時代だからこそ、4.5度のサッポロ・ラガーなんですよ。
 だから、こんな元気のないコピーを使った広告を見て、絶望的だ、こりゃと思ってハガキを書いています。大衆に支持されているから、おまけをつけられるんですよ(キリンは他に選択の余地がない)。
 シェアには関係なく、こだわりのビールを提供し続ける姿勢が、この広告にはまったく感じられません。サッポロのファンである私は、自分が悲しい。

コメント:サッポロ・ビールが、サントリー、アサヒの景品攻勢に業を煮やしてご意見募集の広告を打ったことがあった。そこに寄せた意見。さらに悲しいことにこのキャンペーンから程なくして、景品路線に参入したサッポロであった。

2004年3月12日 (金)

前略。サッポロ・ビール様。

前略。
 前回、私が好きだったサッポロ・ラガーのアルコール度数を4.5度と書いたような気がして気になっていたのですが、あれって3.5度だったですかね。
 ともかく、大量に売れるビールがすべてではないという認識に立って地道にやって下さい。
 ただ、広告にある「こだわり」という言葉、姿勢は、受けそうでいて、私みたいに今どき「こだわり」にこだわるのって、あまりかっこよくないと感じる人もいるのでは。
 もちろん、こだわりの強い人だけを対象にして成立つマーケットというのもあるのでしょうか。 草々。
P.S.たくさんの意見が集まったのですから、そのいくつかには、回答なり、サッポロはこう考えるという決意表明をされたらどうですか。その節「がんばって、こだわって下さい」なんていうのは、恥ずかしいから、あまり載せないで下さい、もしやるなら。

コメント:サッポロは「グランビア」だったか、そんな名前の懐かしい味のラガーを出したが、惨敗してすぐに引っ込めてしまった。朝令暮改を無節操に出来るフレキシビリティ(超節操か)が「売り」の会社ってものもあるということだろう。発泡酒の生が完全にビールに取って代わり、ビール文化も様変わりした現在、語る言葉がない。

2004年3月 9日 (火)

「スイカ・バー」5/24/2003

 植木すいかの陰で、多分あまり知られていないと思いますが、合志町は西瓜の隠れた特産地です。それで、わたくし前々から「スイカ・バー」という構想を持っておりました。これは、歯がうずくようによく冷えたスイカを道端で食べられるような屋台形式の場所を提供するというものです。
 西瓜の消費が相対的に減少傾向にあるのは、食べた後にかさばる皮の始末が大変だということがあると思われます。
 真っ青な空の下で、皮や種のあとかたずけを気にせず、スイカにかぶりつくとき、熊本に、合志町に生まれ育ったことを良かったなと実感することでしょう。無論、通りがかりの観光客の皆さんにも喜んで頂けること請け合いです。

2004年3月 7日 (日)

「週刊クンタキンヤ」1/18/1999

 今日の放送、聞きました。ま、割といつも聞いている方なんですが。
 で、思ったのですが、渋谷陽一さんが雑誌「ロッキング・オン」を
作ったころの話。あちらは東京なので、電車を最大限に利用して、とにかく本屋さん一軒一軒に、置いてくれとお願いしてまわったということ。中身も大事だとは思いますが、やはり売り方の問題でしょう。
 書店も今や、チェーン店かコンビニかという時代。県内、津々浦々、といってももうたいした数は、特に郡部には残っていないと思われますが、とにかくモノを1,000部でも作ってみて、まず売りさばいて自信をつけることが大事だと私は思います。
 内容より、セールス(営業)、うんばばさんの知名度があれば、ありとあらゆるところでサイン会をやるべきです。
 山下達郎さんと、大滝詠一さんの新春放談をFMKで聞いて、内容(コンテンツ)の重要性と同時に、逆に、売ってやるぞ――買ってもらうことの重要性にも気づかされました。

コメント:「やるざんす」投書。これは読んでもらった。うんばば氏は、謙遜されていたが、よく考えてみれば、「自分の本が出したい」という気持ちは熱くても、その内容については、準備している内に、どんどん、どんどん古くなる。それに、営業という意味じゃ、本業の営業の方が大事ですもんね。余計なお世話というものでした。

2004年3月 6日 (土)

週刊クンタキンヤ(1/10/1999)

新年あけましておめでとうございます。
早速ですが、私の今年の標語を書きます。
 「きれいごとを言おう」です。
現実は確かにきたないし、うす汚れていますね。しかし
泥まみれをきたない、不潔だと言ってしまえば、土だって
泥だって怒りますよね。
田んぼの土を洗い清めて、米ができるかどうかはわかりませんが、
農薬使いすぎたお米は誰も喜びませんよねえ。
というわけで、きれいごとを理想に燃えて並べると、
「何、きれいごとを言ってるんだ」と誰かが言うに
決まっている昨今(昔からそうですが)、自分の
事は棚にあげて「きれいごと」を言う。そして、その
「きれいごと」に自分の行動を近づけるべく努力する。
そこに輝かしい未来が待っているかどうかわかりませんが、
確実に未来は(そのうち)現在になっているのですから。

コメント:「やるざんす」投書。この頃は、確かに毎週のようにハガキを書いていた。ほとんど毎日車の中で聞いていたので、車の中で、はがきも書いていた。そして、コンビニでコピーしてから、近くのポストに投函していた。

「週刊クンタキンヤ」(多分)第1号

・鈴木慶一氏の話題・
 今日、本屋で「CM NOW」という雑誌を立読みしていたところ、この春、本上まなみが出ていた出ていたトヨタGOAのCMで、彼女の父親を演じていたのが、何と鈴木慶一さんだったと書いてありました。
 何を隠そう、私はそのGOAのCMで彼女にノックアウトされた者のひとりです。NHKの「新宿鮫」に出ていたときも、彼女目当てで見ていたので、正確にはいつから注目し始めたのか覚えていませんが、「GOA下さい」のひとことを発する彼女ばかりに気を取られていたので、「娘が免許を取った云々」というセリフが鈴木氏によるものだったことに気づかず、彼女と並んで最後に出てくる大学教授ふうのオジサンが、本人だったとは今日のきょうまで知りませんでした。
 鈴木慶一氏の話題ではなく、本上まなみに対する思い入れの強さの表明でした。
 今出ているチョコレートのCM(バンドネオンを弾くやつ)もポパイのオリーブみたいに手足が長くて、かっこいいと思います。(10/26/1998)

コメント:これは、当時シティFMにいた続氏に宛てて書いたメモです。氏のケイ・イチ・フリークぶりは、つとに有名で、氏とその仲間たちのおかげで、後日鈴木慶一のライブを熊本で見ることが出来ました。で、その鈴木氏、最近はauの家族割サービスかなんかに出ていらしたけど、不評だったのだろう、わりと早く次のに変わったようだ。

2004年3月 4日 (木)

小国町のFM局「グリーンポケット」に出した葉書

拝啓。
 昨日、所用で小国町を訪れたので、初めてグリーンポケットを聞きました。役場内に局があるとはいえ、職員の方も入れ替わり立ち代わり、たいへんだなあと感じましたが、聞き手の女性の方(原田さんでしたか)の質問がよく的を得ていて勉強になりました。
 私が聞いたのは、介護保険のところと、無農薬野菜の話でしたが、特に野菜の生産者の方から、農薬を使いたいと思うときもあるという本音を引き出されたときは、悪いんですが、笑ってしまいました。この笑いは、嘲笑などでは断じてなく、深い共感であったと私自身は信じております(ま、自分のことですが)。エコ指向の強い、平地の一般消費者に聞かせたら怒るだろうなーと思うと、ますます笑えてきます(今度は空笑いです)。
  唐笠松の先ぐらいを走っているときだったですか、ビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」が流れてきたので、またまたビックリしました。TV映画「マジカル・ミステリー・ツアー」の中で、ポール・マッカートニーが歌っていたのも、ちょうどあのあたりの丘のような場所でしたから。
                         敬具。(3/4/1999)

コメント:我ながら、マメだと思います。こんなハガキをもらって「グリーン・ポケット」のスタッフの方も当惑されたであろう。自己顕示欲が強いというより、私がよく例えに引く、犬の「マーキング」みたいなものと言った方がいいかもしれない。

2004年3月 2日 (火)

「週刊クンタキンヤ」1/28/2000

  メモリーズ「踊る大捜査線」

近所に住んでいるのに、滅多に行かないオヤジの家にBSの「今よみがえるウッドストック1969」という番組の録画を頼みに行ったところ、オヤジは正月に録画した「踊る大捜査線ザ・ムービー」を見ているところだった。
そういえば、正月に会ったときに面白いって話をしたっけな。オヤジと息子のかわす言葉って数知れてるからな。今度会ったら、あなたの長男(私のこと)は、ユースケ・サンタマリアと誕生日が一緒なんですよ、と教えてやろう。(1/28/2000)

コメント:先日、母と話していて、「お父さんナ、青島さんが好きだったッタイ」と言うので、つい青島幸男元東京都知事のことを思い浮かべてしまった、不肖の息子。映画「踊る大捜査線」が大ヒットした話をしていたのに。父のことを思い出すと、「あ~ァ」という嘆息しか出て来ない。弟のことも。取り返しのつかない思いを抱くことで、この世に生き残るということを切なく実感するというわけだ。
「週刊クンタキンヤ」のタイトルで、「くまにちすぱいす」にハガキを出していた頃。もちろん不採用。

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