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2004年2月 9日 (月)

環境運動のめざすもの

 伊藤比呂美さんが本紙に連載されているエッセイの中で、日本人はごみの分別とかは一所懸命にやるけれど、環境や自然に対しては、アメリカの方がちゃんとしているということを書いておられたことが気になった。
 日本でのごみ分別の前提には、国土が狭いので、真剣に向き合わなければ、埋立場所に限りがあるという切迫詰まった状況がある。しかし、これはシートベルト着用運動が、交通死亡事故の抑制に貢献することは否定出来ない事実であるものの、交通事故の発生そのものを抑えるという根本的解決には、直接関係ないというのと似ている。そこには見た目のわかりやすい運動には熱心であり、目標達成に一丸となるが、それから先の大義には向かわないという共通点が見られる。
 確かに初期段階で、わかりやすい作業なり、運動から入ることは大事なことだ。だが、例えばごみに関する問題ならば、ごみの排出そのものの抑制こそが重要なのだ。耳障りのいい「環境に対する優しさ」を超えて、私たちには何が出来るのだろう。物を基準に計られる豊かな暮しが、間違っていることはわかっているのだが。

                      (7/20/2003)

コメント:これは、結局投函しなかった。

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