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2004年2月16日 (月)

自転車に乗るための心構えの必要性

 金曜日の夕方、多くの人でごった返す上通りを歩いていて、通行禁止のはずの自転車に乗った若者たちとすれ違った。それも一台や二台ではない。私が広町方面を目指していたせいもあるが、皆並木坂から下りてくる。並木坂の両側の歩道は狭いが、自転車通行が禁止されているわけではないのだろう。そのままの乗りで上通りに進入してくる。
 彼らは、大勢の通行人の間を自転車に乗って器用に通り抜けることをゲームとして楽しんでいるのだろうか。上手に漕がないと人にぶつかってしまう。それをやることは、ある種のチャレンジなのかもしれない。
 あるいは想像力の欠如。彼らは他人の立場でものを考えることが必要だと思っていない。自分が世界でひとつだけの花だとは思っても、世界中がそんなたくさんのひとつだけの花でひしめきあっていることがわからない。
 人にはぶつからないから大丈夫だと思って自転車に乗っている人に、自分が他人の自転車にけがをさせられることを考えてみろと言っても、自分は他人にぶつけないから、という答えしか返ってこないだろう。それはルールやマナー以前の問題であり、何も若者に限ったことでもないのが現実である。
     (10/27/2003)

コメント:平成15年11月5日付、熊本日日新聞「読者のひろば」掲載。ほんと、まだるっこしい表現だと自分でも思う。掲載されることを前提に自主規制をかけてるからだとご理解ください。

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