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2004年2月22日 (日)

記憶の森の油絵を尋ねて②

 そんな美術部と、程なく誕生するサッカー部には人的な結びつきがあった。中学のときから、美術クラブでお世話になった与縄さんが、美術部をやめてサッカーに行ってしまったこと、それから翌年の事だが、同じく大津中学校の美術の後輩、今は第二高校の美術の先生だが、松岡清博君、彼も高校ではサッカーに入ってしまった。
 で、私は生徒会の委員として、各部の意見を調整してサッカー部の誕生に少しは関わったと言えるだろう。そのことはすっかり忘れていたのだが、数年前、全国大会に出場するというとき、熊日の記事で、創部25年という記述を見かけ、指折り数えると、どうもその年から勘定してあるようで、一気に蘇った記憶である。以来、小額だが毎年寄付は欠かしません。
 高校2年の夏、私は、正門付近の木立と、その向こうの青空、透き通るような4羽の白い鳩を30号のキャンバスに描いた。銀光展には落選したけれど、ずいぶん長く、売店そばのトイレ入口の壁にかけてあったので、覚えておられる方もいらっしゃる事だろう。(8/17/2003)

コメント:この文章は、大津高校の80周年誌に寄せたもの。内容に異議のある方は、掲示板へどうぞ。堅苦しい文章ばかりが集まるだろうと思ったので、それなりにくだけてみたが、鼻持ちならない自慢話と言えないこともない。

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