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2004年1月17日 (土)

プリーズ・プリーズ・ミスター・ポストマン

 私の生まれ育った家はJR肥後大津駅の近くだった。祖父は鉄道郵便の仕事をやっていたので、若いときのことが懐かしかったのだろう、連れられてよく汽車を見に行った。
 当時は、郵便も雑誌も貨物列車で町にやってきていた。駅舎の脇に投げ下ろされる郵袋と、くくられた雑誌。私と世界はそこでつながっていた。
 そういう幼児体験があるので、Eメールの便利さをどんなに感じても、どうしてもハガキを書いたり、封筒に切手を貼って出すことがやめられない。小学二年生のとき、懸賞で目覚し時計をもらったことが、そもそもの始まりだったかもしれない。五年生ころから、ラジオをよく聞くようになり、リクエスト・ハガキも出した。あの頃、ハガキは五円だっただろうか。
 祖母は、硯箱に便せん、封筒、切手、ハガキをいつも用意していた。その頃は家に電話もなかったし、叔父や叔母が県外にいたので、手紙のやりとりが普通だったのだろう。
 郵便は幼いときの記憶に結びついて甘美なものだ。センチメンタルな郷愁に過ぎないことはわかっている。またそれは郵便事業が民営化されることで、ひとつの時代が終わる、という大げさなことでもない。ごく個人的なことだ。
 固定電話が普及し、FAXが当たり前になったのも最早昔のこと。携帯やメールでこと足りて、誰も「プリーズ・ミスター・ポストマン」とは歌わなくなっただけのことかもしれない。
(1/13/2003)

 コメント:熊本日日新聞「おとこの目」不採用。

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