2012年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

読みたい本だな

  • 読みたい本だな

2012年1月28日 (土)

連歌から俳諧へ

合志市市民大学の今クール第2回目。
熊本県立大学文学部教授 鈴木元さんの
「連歌から俳諧へ」を受講。

チラシによると、
「戦国時代、合志・菊池の武士も詠んだ連歌は、
松尾芭蕉にも影響を与えた熊本出身の連歌師、
西山宗因の登場により、江戸町民文化の俳諧を生み出します。
後の俳句の源となったその流れについてやさしく学びます」

ほんとうにやさしく学べた上に、面白かった。
連歌というのは、人の詠んだ句に「附ける」ことで
成り立つ、つまりはセッションに趣を見出すお遊びなのだ。
相手に対して無理難題を出したり、
ナンセンスな味わいを楽しむものなり。
ジョン・レノンが講義を受けたら、涙を流して喜んだろう。

源俊頼の『散木奇歌集』にはこういうのがある。
 「とりと見つるはうさぎなりけり」
つまり、鳥だと見えたら、兎だったよという上の句がある。
無茶苦茶である。
ただ単に、鳥という語に鵜と鷺を引っ掛けているだけ。
しかしそれに負けじと
 「このみかとかきはまくりもきこゆれど」
牡蠣と蛤を柿と栗に結びつけて、思い知ったか。
てな感じ。

いろは連歌というのは、
頭の音をいろはの順に附けていかなくてはならないルール。
たとえば、
 「ぬれにけりしほくむ海士のふぢ衣」
に続けて、「る」で始まらなければいけないので
 「るきゆく風にほしてけるかな」
やまとことばの頭には、ラ行の音は来ないのだそうだ。
もちろん「るきゆく」なんて動詞も形容詞も存在しない。
しかし、それが大うけするんだから、
いまのTVのお笑いと大して変わらない。

ただ、その場限りで記録されなかったものも多い。
大方、残すことに意味のある内容と思わなかったのだろう。

レジュメによると、
遊戯性・趣向の遊び
    ↓
表現の洗練・遊びの要素の潜行
    ↓
笑いの通俗化
    ↓
通俗化への反発
    ↓
ナンセンスの復権

となり、それに引き続き、松尾芭蕉が登場
するのだそうだ。

なるほどねえ、とそこに面白さを感じる人しか
興味を持つことはないだろう。
講座を開くに当たり、先生はこんなふうなことを言った。

30名ほどの受講者を前にして、
文学部の存続はみなさんに支えられていると実感する、と。
そうだよなあ。
文学、それも古典を研究してなんになるのって
経済学的、あるいは科学的視点からは疑問が湧くだろう。
でも、やっぱり私など、愚にもつかないかもしれないけれど、
それなりに存在価値はある。
相当あると思う。

どうでもいいけど、
やまとことばにラ行で始まる語がなかったから、
日本人は、LとRの発音の区別が苦手なのかも。



2012年1月27日 (金)

行政視察研修

議会活性化調査研究特別委員会で、
下記の日程で調査に行ってきました。

1月26日 木曜日

山口県防府市議会→リンク

1月27日 金曜日

福岡県大牟田市議会→リンク 

詳しくは、これから報告書を書きますので、
出来上がってから、アップしようと思います。

どこの議会にも言えることと思いますが、
議会や議員に対する風当たりは強い。
何をやってるかわからないという意見に対しては、
市民の方だって、議会が何をやってるかについて、
興味を持ってもらいたいと私は思う。
市民の代表として、委任しているのだから、
特に問題が表面化しない以上、うまくやってるのだろう。
という人もいるかもしれない。

私の場合も、議員になる前は、
議会に関することはお任せの口であった。
行政に関することは、条例委員会の委員をやっていたので、
直接意見を言う機会が多かったこともある。

何をやってるかわからないのに報酬だけは、
かったる(熊本弁で、きっちりの意)もらいやがって、とか。
選挙のときだけお願いしてまわる、だとか。
口利きに対する非難は、
議員が何をやってるかわからないという批判と
表裏一体のものだった。

ともかく、地方自治を鍛えることが、
暮らしやすい社会を作ることでもある。







2012年1月25日 (水)

スマイリーフェイス



180pxsmiley_svg


私の生家は菊池郡大津町にあった。
父が土地とともに処分して解体されて、
もう20年ぐらいになると思う。
祖父が質屋をやっていたので、
モルタル壁だったけれど倉庫もあった。
幼いときに悪いことをすると、母によく閉じ込められた。
ま、それはいいとして、
その家の解体前、置きっぱなしにしていた品物を
取りに行ったのだが、ほとんどそのままにしてきた。
例えば、雑誌「COM」5年分ほどや同じく雑誌「ボーイズライフ」など。
しかし、そんなものは日本のどこかにまだあると思われるが、
残してきて取り返しのつかないものがある。

それは、祖母がつけていた家計簿というか
日記というか、メモの類いである。
そのノートは、スマイルマーク→リンク
が、表紙にでかでかと印刷されていた。
私が買ってやったものである。
そんなノートは何冊でも買ってやれたのに、
その1冊を大事に大事に使っていてくれた。

それなのに、そのノートを大切に保存しようと
当時の私は考えなかったのだ。
解体される生家と一緒に葬り去るべきものと
おそらくそのときは考えたのだと思う。
そうやって第1級の歴史資料は、
全国各地あちこちで消え去っていく。
ときどき、無性にもったいないことをしたと後悔するが、
それはそれでよかったと思わないでもない。

このブログに書かれている文章は、
人に読んでもらうことが前提で、
わたくし的にカッコつけているので、
そういう意味ではあまり価値があるとは言えないかもしれない。






2012年1月24日 (火)

穢(ケガ)れた世界

1月3日の熊日に田口ランディさんが、
「水俣、福島、祈りの日。」という文章を寄せている。
その中に以下の部分がある。

「放射性物質に心が汚染されると、
それまで自分が住んでいた世界は『穢れた世界』になっていく。
事故の前まで、世界は安全であたたかく
人を包み込んでいる馴染み深い場所であった。
でも、汚染のあとの世界は、
禍々しい毒をもった恐ろしい場所として
心に認識されるようになり、
元の美しい世界からあっけなく
人間を締め出してしまうのである」

私は「放射能がからだにいい」という言説を信じるわけではない。
しかし、放射線による害というものも、いまのところ
風説以上のものでもないような気がする。
チェルノブイリの前例があったとはいえ、
人類は放射線の有害さについて、
ほんとうに確かなところはまだ知り得ていないのではなかろうか。
それでなければ、諸説紛々などあり得ないと思う。

それは言い方を変えれば、
一旦事故が起きてしまえば、その与える影響を
ほとんど測ることができないような技術を
いかにも安全なように喧伝してきたいい加減さが
露わにになるということだ。
地震や津波は自然災害なので、
その被害について想定外という逃げも
ある程度認めないわけではない。
しかし、想定外があるような技術を実用のものとし、
稼働させていたことの責任からは逃れられない。

ああそれなのに、それなのに、
原子力対策本部の会議の議事録が
事故直後の設置以来まったく作成されていなかった。
テープ起しがされていないとかではなく、
録音すらされていなかったということか。
放射線の影響で、磁気記録が消去されていた、
とかなんとか言い訳をすればよかったのに(苦笑)

昨日のテレビのニュースでは、
確か情報公開請求されて初めて、
「議事次第程度」しかなかったことがわかったと言ってた。
1月24日の熊日朝刊で森山善範原子力災害対策監は
「会議の決定事項など重要な部分は
記者会見で説明し、かなりの部分は情報公開されている」
との見方を示している。
だったら、それらの公開された情報をもとに、
議事録を再構成する、と明言すればよい。
完璧ではないにせよ、そこまでやって
少しは責任を果たしたことになるのではないか。


2012年1月23日 (月)

図書室まつり

1月22日 日曜日

合志市泉ヶ丘公民館で、
図書室まつりが開かれた。
昨年に引き続き、第2回目。
小学生対象のあみだくじ大会がメインで、
賞品は百円均一セレクトショップで購入。
参加者は18名。
泉ヶ丘には約100人の小学生がいる。
18名を少ないと見るかどうか。

第2部はマンガ本の交換会というのを企画したが、
これはまったくの不入り。
あみだくじの賞品の交換で、オセロをやるというのが、
子どもたちに受けて真剣勝負だった。

ボランティアスタッフも入って、
トランプをやったり、将棋を差したりして
日曜の午後の時間はゆるやかに過ぎた。



もう一つの気づきうなずき

1月21日 土曜日

気づきうなずきフェスティバルの途中で抜けて、
菊池恵楓園のボランティアガイド研修会に参加した。
中修一さんを囲んでの会だったが、
テレビ東京の「ザ・決断!」の録画を見ることができた。
調べてみると2006年11月3日に放送されたものである→リンク  
ハンセン病国家賠償請求訴訟で、
発足してわずか1ヶ月の小泉政権が、
(歴史的)控訴断念を決定した事件である。

当時の官房長官福田康夫氏のインタビューもはさみ、
田中健が小泉純一郎を演じた、
ドキュメンタリー趣向のドラマで、
分かりやすいと言えば、わかりやすい。
「再現ドラマ」という呼び名もある手法だ。
当時の小泉首相が、自分の政権安定のために
決断したということはないと思う。
控訴しないという判断を下せたのは、
官僚のメンツも守れるという計算があったからだが、
後の小泉人気につながって行くのは、
彼の浪花節的人情の資質のせいろう。
ただ、それをいつまでも引きずらなかったのは、
彼のすごいところというか、怖いところでもあった。
違う。
人情から抜け出せなかったという見方もできるか。

ハンセン病の感染力は弱い。
また優れた薬で完治もする。
しかし後遺症はいつまでも本人を苦しめるということが
中さんの話を聞いて、改めてわかった。
その上、差別や人権侵害まで加えられて。
しかし、その経験を通じて中さんが学んだのは、
「自分が変われば人も変わる」ということだ。

こういう内輪の会で上映したことで、
まさかテレビ東京がクレームつけてくることは
ないとは思いますが、よしなに・・・



2012年1月22日 (日)

気づきうなずきフェスティバル

1月21日 土曜日

合志市男女共同参画気づきうなずきフェスティバル。

合志市文化協会の日舞各流派の皆さんによる
合志市音頭でオープニング。
おお、こういう振付だったなと思い出したが、
さすがに本物の舞は流麗だ。

市長は挨拶の中で、
住民アンケートによる男女共同参画についての認識について
言及し、啓発事業への動員のむずかしさ、
会場に来ている市民は意識が高いが、
来ていない人の意識付けをどうするのかが問題だと述べた。
それにも一理あるが、
「動員」とは来るつもりがない人を連れてくるのが、
本来の意味での動員ではないのか。
つまり男女共同参画なんて関係ねえという人を
動員しなければ意味がない。
おそらく少数とはいえ、そういう人たちが
昨日の会場にもいたのではないだろうか。
希望的観測だが、そういう十数人がこのイベントを通じ、
意識改革をしてくれたかもしれない。
まあ、それがアンケートの回答に表れていることを祈る。

ただ、参加者数とその啓発効果を関連づけて
きちんと示せるか。
フェスティバルも、2年に一度という選択もある。
そういうことを考えた。

熊本県職員で以前男女共同参画センターパレアにいた
有田知樹さんの男女共同参画替え歌は、
専門書に負けないような内容を持っていた。
許可を得て、ホームページなり、広報誌に
転載したらどうだろう。








2012年1月21日 (土)

最高の人生の終り方

TBS系で山下智久が葬儀屋になる、
「最高の人生の終り方」というドラマをやっている。
今週は、身元不明の遺体が主人公で、
行旅死亡人の取扱いが出てきた。
いわゆる無縁仏である。

ちょうど、菊池広域連合で納骨堂を作る計画が
昨日の全員協議会で説明された。
「市町内において死亡した、親族等の身寄りがないか
若しくは身寄りがあっても死亡届、火葬許可申請、
火葬を行なう者のない孤独死等の遺体
(行旅死亡人・無縁仏)の保管、火葬、遺骨の保存については
自治体の業務です」とある。

私が行旅死亡人について知ったのは、
10年ほど前のことだった。
益城町役場の掲示板を、工事関係の公示でもないかと
チェックしていたときのことだった。
身元不明の遺体についての公告である。
誰かが言ったが、死体には名前がついて初めて
遺体となる、と。
新明解国語辞典では、人格を主体とした言い方を
遺体というと出ていた。

先の環境衛生課の説明資料の結びには、
「市町内の公営住宅等単身居住者の高齢化、
あるいは都市化に伴い、今後もその増加が懸念、
予想されることから」とも書かれていた。









全員協議会

昨日の全員協議会の議題(報告・説明)は次の通り。

1.専決処分(損害賠償に係る額の決定)の報告について
2.合志市第5期介護保険料等について
3.国保税の税率改定について
4.無縁仏遺体安置所(保冷庫)・納骨堂の建設等に関する件について
5.菊池広域連合規約の一部変更について
6.合志市土地利用計画検討委員会における経過報告について
7.ユーパレス弁天大規模改修検討委員会の結果報告について
8.合志市合併5周年記念
  男女共同参画気づきうなずきフェスティバルの参加について
9.その他

その中で、7.ユーパレス弁天大規模改修検討委員会報告書
について、担当課より説明があった。
説明後、私を含めていくつかの意見が述べられた。
建設用語的には、大規模改修といっても、

生まれ変わってしまうような改修のことばかりを指すわけではなく、
実際には耐震や設備、老朽化による外壁や防水の改修も
大規模改修と呼ぶので、どこまでやるのかについては、
本来施設のあり方、存廃まで含めて検討すべきものであろう。

報告書の「はじめに」にはこう書かれている。
「今一度原点に返り、この施設の存在意義を再確認し、
この施設の将来の在り方を検討し、
より良い施設とするために市民、議会、行政の他、
専門的知識ある市民等により『ユーパレス弁天』
大規模改修検討委員会を立ち上げた」

しかし大規模改修が前提となっていたことや、
検討期間が短く限られていたこと、また終盤になって唐突に
「道の駅構想」まで持ち出されている。
検討委員会の委員のみなさんの苦労がしのばれる。

その上、改修のランク付けが、
存続にお墨付きを与えたように見なされている。
市長は、1年かけて具体的な将来像を探りたいと言う。
執行部での検討委員会の位置づけが
元々そうだったのか、途中で変質したのか。
いや、あいまいなままでスタートしたということだろう。
そこには土地利用検討委員会の動向もある。

市民の意見を聞くという姿勢は必要である。
それは自治基本条例があろうとなかろうと同じはずだ。
それと同時に、さまざまな委員会で話し合われていることについて、
議会に対して説明すると同時に、
市民全体に対しても情報公開すべきである。
今回、全員協議会での説明を待たずとも、
市のホームページ上で公開してもよかったと私は思う。
その際、議会軽視などという言葉が万が一にも出てくるようでは
むしろそちらに問題がある。



2012年1月20日 (金)

訂正

ブログに書いた記事の訂正はむずかしい。
単純に記事を訂正しても、
すでにそこを訪れている人には伝わらないわけだし、
あとでそのことだけ書いても、
そんなことどうでもよくなっている場合もある。

そんなことばかり書いていてもしょうがないので、
ここに訂正というか、わかりやすく書き直すのは
これです→リンク
1月17日に「議会活性化小委員会きょうのまとめ」として
書いたものです。
最初の方で、正式な議事録は残さないと書いたけれども、
それは市議会本会議にあるように、
反訳された会議録という意味での文書ということです。
意見の要旨要点や議論については、
きちんと記録として残します。






«懸念