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読みたい本だな

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2018年12月16日 (日)

御代志土地区画整理事業

西合志図書館集会室で、御代志土地区画整理事業
事業認可に伴う権利者説明会が開かれた。
説明後、権利者のみ対象の質疑応答があった。
市長なり副市長が冒頭の挨拶ぐらいしてもいいと私は思う。
スケジュールに沿って事業が進めば、
少しずつ関心を持たれるようになるだろう。
年月単位の時間がかかるので、小出しの情報は、
なかなか進まないという印象を与えるかもしれない。
市政に関するプロのディスクロージャー担当がいると、
自治体としてかなりの強みになるのではないか。
大規模な都市だと、黙っていてもマスメディアが取材してくれる。
その違いを乗り越えるには、何らかの手段が必要だ。

ところで断捨離中である。
ずっと現在進行系で、少しやっては中断。
つまり断続的というやつか。


2018年12月15日 (土)

QUEEN

映画『ボヘミアン・ラプソディ』をやっと見た。
うーーん。イントロダクションのツカミは良かったが、
言われているように、フレディ役の俳優が
あまりにデフォルメされていて、引いた。
それはともかく演出がそれほどでもないのに、
クイーンのヒストリー自体がドラマティックだということだ。
でも、あんな一発取り同然で名曲が生まれはしないだろう。
2時間半ですべては語れないから、しょうがない。
その中で、一言でまとめると、
ロックが好きでよかった、です。



2018年12月14日 (金)

くまだい研究フェア

午前中、予算決算常任委員会。
更正保護だよりを配り、緒方エッグファームのかぐや姫文庫へ。
午後、熊本大学、大学院の各学部や研究室の
最先端の研究についてのプレゼン連発に
かなり遅く途中から参加。



2018年12月13日 (木)

しもやけ

毎年のことながら、足の指に霜焼けができた。
最初、ちょこっとやられると、あとは雪崩を打つように、
広がってしまう。毛細血管に欠陥があることはわかっているが、
こればかりは地球温暖化がもっともっと進まないことには
解決しないだろう。なんてことだ!



2018年12月12日 (水)

大津町議会

大津町議会に金田議員の一般質問を傍聴に行く。
熊本地震に被災した後、庁舎建て替えまで、
オークスプラザの2階が仮議会棟になっている。
議場は研修室で、床がフラットなので親近感はある。
最近の議場はフラットなのが流行りだが、
そのままでは、傍聴席から質疑答弁者いずれも見えにくい。
小中学校の標準服のあり方とスポーツコミッションについて、
いずれも興味深い事項だった。
先日の県議会で、熊本空港へのアクセス向上について、
蒲島知事は、JR三里木駅から鉄道の延伸という方向性を示した。
何年かかるかわからないが、大津町にとっては影響大である。
その指摘に、ああそうだよなと初めて気づいた。

亡き父の誕生日なので、岩坂に墓参りに行って帰る。



2018年12月11日 (火)

「自然」とは

生物学者の福岡伸一さんが、赤旗日曜版11月18日付のインタビューで
語っている。おそらくどこでも言ってることなのだろうけれど、
身近な「自然」とはと問われ、
「自分自身が生きていることです。いつ生まれ、いつ死ぬか。
どんな病気になるとか、コントロールできない。
それが本当の自然です。明日死ぬかもしれないから、いまを生きる。
いつか死ぬということが、生命をつくる最も大きな力かもしれません」
コントロールできない自然はまさに、生命体としての自分です」
でも、コントロールしようと悪あがきというか、
努力するのがまた人間なのだ。
努力の使い方が間違っていると指摘されるかも。

2018年12月10日 (月)

自由討議

予算決戦常任委員会。
紀伊国屋書店光の森。
風呂掃除。



2018年12月 9日 (日)

死刑廃止を考える日

『望むものは死刑ですか考え悩む"世論"』の上映と長塚洋監督のトーク。
一般市民135人による「審議型意識調査」により、
刑罰としての死刑が必要かどうかを、私たちの意識の上に引き上げる。



2018年12月 8日 (土)

寒い

部屋の片付け。進まない。
なんでだろう。
午後3時から、泉ヶ丘公民館図書室当番。
夜、合志の近代遺産を学ぶ会の例会と忘年会。

2018年12月 7日 (金)

成長から循環の文明へ

12月7日付全国農業新聞の記事。
持続可能な地域社会総合研究所の所長藤山浩さんの連載
「農と村のルネサンス」について。
現行の過疎法(過疎地域自立促進特別措置法)が、
2021年3月末に失効する。
氏は述べる。
人口減少にだけ着目するのであれば、これからは大都市の
郊外団地の方が、より大規模かつ深刻な状況を迎えている。
「過疎」が生まれたのは、今までにない「成長」を求め、
人口が移動したから。しかし、無限の「成長」を目指すことは、
地球環境、特に生態系の限界から破滅の道である。
都市も含め「成長」を見込めないとき、人口を集中させる
メリットはない。「成長」が終わるとき「過疎」も終わる。

まさにその通りだと私は思うが、「成長」が見込めないとき、
どうしたら「成長」できるだろうかと、無理やり戦略をひねり出して、有効とは思えない戦闘体制を維持する政治家の
全国にいかに多数たることか。


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